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輝鑑 後世編纂版  作者: 担尾清司
第二部第二話:垣屋続成、丹後への援兵作戦で八面六臂の活躍をするのこと

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第參月(60)章:丹後錯乱 02

 一方、若狭武田氏の陣においては。

「殿、物見が戻って参りました。……なんでも、妙な紋が一色勢の中に混じっているとの由でございます」

 物見、いわゆる偵察部隊のことであるが、彼等が発見したのは珍妙な者であった。と、いうのも、本来ならば一色家にいるはずのない紋の軍勢が存在していた。……言うまでもあるまい、垣屋軍である。

「……どんな紋だ」

「は、三畳石紋でございます」

「三畳石紋? ……一色の家臣に石紋は居たか?」

 三畳石紋、つまりは石紋の中でも土屋氏系が主に使う紋であるが、本朝は南蛮紅毛と違って家紋は被っても問題ないものである。無論、同一大名内であれば若干支障はあるが、それとて大名家によっては許される場合すらある。そして、彼等の把握している情報内では、石紋の、その中でも三畳石紋の家紋を名乗っている軍勢は存在しているはずがないものであった。

「いや、事前情報を鑑みた場合三階菱、それにここでは見えませぬが飛び鶴辺りですな。それに、内乱の軍勢も考慮いたしましたが、いずれにせよ石紋は存在せぬはずでございます」

 三階菱は言うまでも無く小笠原氏であり、そして飛び鶴は内乱参加中の石川氏である。両者ともにそれなりの家格であり、さらに言えば石川氏は内乱参加中であるため迎撃するわけがなく、この方面の主力は小笠原氏であったがゆえに、三階菱ではなく三畳石紋が見えたことに、家臣団は妙な気配を感じた。

 余談となるが、一応実は一色氏の分家に土屋氏はいるのだが、これは一色が足利一門(=源姓)であることからわかるとおり、石紋の土屋氏(=平姓)とは姓からして根本的に異なる。

 なお、読者世界では徳川家康が召し抱えた、甲斐武田の土屋氏はこの一色の方の土屋であり、坂東平氏の土屋とは異なる。

 ゆえに、本来石紋の旗幟は一色家の陣中には存在しないのであり、そこを武田軍はいぶかしんだということである。

「……すると、新手か。手勢はいかほどだ」

 謎の軍勢の手勢を訊ねる武田。それに対して物見が答えるには次の通りであった。

「千といったところでございましょうか。決して多くはありませぬが、要所に陣取っており無視は出来ぬかと」

 丹後と若狭の間にはそれほど要所は多くはない。その数少ない要所に陣取っているのは、確かに厄介ではあった。だが、厄介は厄介だとしても、そもそも千ほどの手勢であれば彼等は粉砕できるだけの手勢を率いていた。何せ、若狭勢、つまりは武田軍は現状、かなりの数を動員しており、更には海上封鎖も試みていた。その手勢の数、なんと九千六百である。彼等にしてはかなり無理をした数であり、いわば敵を破った後の皮算用を含めた乾坤一擲の大勝負であった。

「……千の手勢で妨害しておるか。……奇妙じゃな」

 確かに、奇妙ではあった。いかに後に常勝将軍と讃えられ、数々の伝説を残す垣屋続成といえど、一敗地にまみえるのは確実と言える兵力差であった。

「ええ、各個撃破してくれと言っているような者でございますな」

 丹後の本陣こと一色家の直隷部隊が大きく見積もっても二千から三千であることを考えた場合、外郭部隊とはいえこのような所に千程度の軍勢を伏せておく意味合いは薄いといえた。……しかし、武田国信は一抹の不安を感じた。とはいえ、この地を通らねば丹後への侵攻が困難である以上、他に選択肢はなかった。

「……罠か?」

「……あり得ます、しかし、突破せねば丹後へは進めませぬ」

「……やむを得まい、全力を使って突破する!」

 そして、武田国信は采配を決断した。九千六百の手勢を以て千ほどの敵陣をむりやり押し通る決断である。その采配は、兵数だけを考慮した場合、それほど間違いとは言い難かった。

『ははっ』

 そう、そのはずだった……。

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