第參雪(59)章:丹後錯乱 01
「垣屋、富良東宿禰でございます」
「一色、修理大夫である。……遠路ご苦労、歓待しよう。……と、言いたいところではあるが……」
「ええ、数々の城門が閉ざされております故、何かがございましょうな。……叛乱でしょうか、侵掠でしょうか、それともお家騒動でしょうか」
……丹後の諸城が扉を固く閉ざしていたのは、きちんとわけが存在していた。と、いうのも、丹後は現在戦争状態であり、長年の確執が存在した延永家と石川家の相克が遂に暴発し、軍勢を率いて一色家の家臣団同士が相撃を行っていた。
それだけでも一色家にとっては頭痛と胃痛のする問題であったのだが、さらに間の悪いことに若狭を治める武田国信らがこの虚を突いて丹後へ侵掠を開始していた。俗に言う、「丹後錯乱」である。
とはいえ、彼等にとっても間の悪い出来事が存在していた。
……言う必要もあるまい、最新の装備を馬揃えと共に行軍させていた垣屋軍直隷部隊が丹後へやってきており、一色家と山名家がともに戦った仲であることを鑑み、続成は一色家の内紛を収束させるべく加担することにしたのだ。
「……叛乱と侵掠だ。延永と石川の相克に乗じて、若狭の武田国信めが攻めてきおった。兵を借りたいが、流石に千では厳しかろう。一つ、知恵袋を所望したい」
垣屋軍直隷部隊が千しかないことを残念に思い、とはいえかの神童麒麟児であれば何かしらの策を持っているだろうと思い義直は続成に助言を聞くことにした。それに対して続成は、質問に質問で返す無礼を承知で、少し間を置くこととした。
「……内と外、どちらを先に片付けるおつもりでしょうか」
「……どちらを先に片付ければ良いと思う」
「修理大夫様は内憂を片付けて下され。若狭武田には、一計を案じてみます」
そして、続成は一計を案じて千で外敵、すなわち若狭武田家を叩くことを宣言した。とはいえ、若狭武田もまた数千の軍勢であり、守備方であることを考えた場合、続成も力押しでなんとかなる兵数ではあった。無論、続成がただの平押しなど、するわけがなかったわけだが。
「ほう! ……それは有り難いが……」
この返礼は高く付くな、そう思い一色修理大夫義直は少し口ごもった。それを察したのか、あるいは天衣無縫によるものか、続成は二の句を告げ始めた。こうである。
「返礼と致しましては、成功した後に伺わせていただきまする」
この二の句を聞き、たちまち気を戻す義直。ふっかけられる可能性もあるが、即金で何か出す必要が無いことは彼の懐事情にとっては幸いであった。
「そうか、さすがは無欲律儀の富良東殿じゃな。……頼んだぞ、垣屋殿」
「ははっ」
そして、垣屋続成の伝説にまた一つ、加わることとなった。世に言う「丹後若狭逆撃戦」である。
「殿、本気で若狭軍を千で食い止めるお積もりで?」
いかな最新装備の導入とはいえ、若狭軍は少なく見積もって五千六千はあるだろう。普通、六倍以上の敵相手はどんな手を使っても勝てないと言われている、その比率を考えた場合、非常に際どい線であった。だが、続成は事もなげにこう告げる。
「若狭や越前が騒乱状態だと、但馬から山城への行軍に差し障ろう。……それに、ここで一色様に恩を売っておくのは、決して悪い手ではない。それに……」
「それに?」
「千で武田軍を食い止めれば、それなりの伝説になる。若狭の武田軍といえど、それなりには練習相手にもなろうて」
……続成は、若狭武田家の軍勢を「巻き藁」として扱うことにした。「巻き藁」扱いということはつまり、一向一揆同様に攻め滅ぼすという意味が込められており、それはいってしまえば、かの殲滅戦を今一度顕現する、ということである。とはいえ、一向一揆相手の戦に比べ比率はまだ良いものの、絶対数が足りない。そう思い、家臣団は諫言を行った。だが。
「……畏まりました、とはいえ、厳しゅう御座いますぞ」
「おう、具体的には、作戦は練ってある」
……だが、続成は事もなげに策の存在を言ってのけた。その、内容は……。
「なんと」
「して、いかなる」
「ま、見てな。……一色様に近辺の地図を借りてくるでな。その詳細さによって、上中下策を決めておる」
『ははっ』