第參壹(49)章:秘策 02
「……今、なんと申した?」
気づけば、行高は立ち上がっていた。だが、周囲の者はそれを見咎めなかった。無理からぬことだ、皆、大なり小なり同じように驚愕し、仰天していたからだ。
「六角様が横領を続けたまま、幕府軍の討伐を躱す方法にございますが」
……それは、明らかに矛盾したものであった。幕府軍が六角家を討伐対象としたのは人の土地を横領しているからであり、横領を止めない場合は絶対に討伐軍は編成されるもので、行高はその第二次討伐軍とでも言うべき軍団をどうやって迎撃ないしは回避するかを考えていたのだから。そして、その矛盾を解決するという。明らかに彼らにとっては未知の方法であることは明らかであった。
「できるのか、そんなことが」
「はい」
そして、大饗は垣屋家が存在することを前提とした「ある方法」を行高に吹き込みはじめた。その方法とは、正に驚くべきものであった。
「……できるのか、そんなことが」
「既に、少将様は準備に入っております」
「まさか、いや、しかしそれならば横領をし続けても幕府は討伐軍をさしむけはすまいが……」
……その方法とは、詳細は後々明らかとなるが、「天に無法が通じる」瞬間といえた。前提をひっくり返すなどという発想は、正しく垣屋続成にしか、正確には逆浦転生者にしかできないものではあった。だが、続成はそれを行えるだけのいろいろなものを既に掌中に収めつつあった。後は、いつ発動するかであった。
「……良かろう、それが本当に行えるならば、六角家は協力を惜しまぬ。そして、それだけが用件ではあるまい」
「ご明察。それがしが六角家に来訪した理由はまだもう少し御座いまして……」
と、ようやく密書を取り出す大饗。その密書に書かれた内容とは、以下の通りであった。
宛:六角家当主様へ
発:垣屋続成
件名:次の公方様擁立について
本文
第九代公方である足利義尚が暗殺されましたことはご存じでしょうが、足利公方家の命運はまだ尽きては居りませぬ。そう、今出川様のご一家はまだ美濃に御座いましょう。足利義政の兄弟仲は決して良いとは言えませぬが、世間に言われるほど悪くはないかも知れませぬ。問題は日野富子でございますが、あれの妹が今出川様の正室である間は、そこまでの仲違いはなさいますまい。利用できるだけ利用させて頂き、いざとなれば継室を西軍の誰かから見つくろって完全に傀儡にしてしまいましょう。
方法は、添付資料をご参照下さいませ。
添付資料
・第十代公方様選出の件
・今出川様補完計画
・日野富子駆逐方法
「……よかろう。ただ、この書は燃やさせて貰うぞ」
「は……ははっ」
「垣屋殿にお伝えあれ、「ご武運を祈る、我等は今出川様の歓待を行うため軍を動かせぬ」とな」
「ははっ」
……それは、名義上の中立宣言であった。すなわち、垣屋続成が提案した戦闘教義を六角家は邪魔をしない、という言質であり、同時に証拠書類を燃やすことによって情報漏洩を防ぐという証明であった。かくて、六角家は逢坂の関を封じることによって事実上、京洛の出来事を無視することに決めた。