第貳菊(46)章:鈎の陣 02
文明十七年四月十八日、垣屋続成は樺太や千島列島などに石碑を据えた後、但馬へ帰還した。だが、彼を待ち受けていたのは……。
「少将様、ようやくお帰りでございますか!」
「若、どこをほっついていたのでございますか!」
「えっ」
北山や斉藤がすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。おいおい、俺なにかしたかおい。
「ああもう、とにかく居城へ急がれませ!」
「あっ、ああ」
とりあえず、促されるままに居城へと向かう。なんか重大な話があるのは確定だろうが、マジでなにが起きた、おい。
「若! 大変なことがおきましてございます!」
机をばん、と叩いて注意を向けさせる斉藤。別にそんなことしなくてもすごい剣幕だったから注意は向けているというのに。
「なんだ、公方が暗殺されたとかか?」
「……よ、よくご存じで」
「…………」
あー、奴さん暗殺されたかー、そっかー。
……室町公方家九代目、足利義尚は甲賀忍者に暗殺された。いわゆる「鈎の陣」である。
そして、六角行高も暗殺までは命じていなかったのか、甲賀忍者の報告に当惑することになる。いわゆる配下の暴走と言えばそれまでではあるが、実はこの暗殺劇、偶発的に発生した事故に近いものであった。
と、いうのも、気が逸っていたのか足利義尚は徐々に徐々に、直臣などに止められても尚、あるいは本人も知らぬうちに前へ前へとせり出していた。そこに、甲賀忍者何某を初めとした忍者衆が、そうとも知らぬ公方家本隊へ矢雨を放ったからたまらない、矢雨がやんだ頃には公方、足利義尚は見事蓮根みたいに穴だらけになって死んでいた。てっきり前衛に矢雨を放ったと思っていた忍者衆は勝ち鬨を上げた。
かくて、第一次六角征伐は公方の討ち死にという形で幕を閉じた。誰もが予想できない、衝撃的な幕切れであった。
死亡時刻は、文明十七年四月十八日の子の刻から丑の刻とされている。
「……公方が暗殺された以上、次の公方を選ぶ必要があるだろう。どうなっているか当ててやろうか」
……そうか、それならば、若干早いが義稙が来る、な。
「は……ははっ、ご存じで御座いましたか」
「ああ、今出川様に、嫡男いらっしゃっただろ」
「……そこまで、ご存じで御座いましたか」
なんたる若よ、よもやそこまでお見通しであったとは。……あるいは、いや、まさかな。
「それならば、善は急げだ。今出川様はいずこにいらっしゃる」
「は、土岐様が領国におられるでしょうから、美濃ですな。……まさか」
「……さすがに、迎えに兵を出すとまではいかんだろうし、土岐氏ならば同盟関係にあろう、使者だけ出しておけ」
「は、して誰を」
「それなんだよなあ……」




