第貳雪(43)章:天才の証明 02
「北山殿、当主である若もいらっしゃらないのに軍議とは一体何事で御座いましょうや」
北山が孫四郎の名義で軍議を開くと聞いて、まさか北山ともあろう者が叛意でもあるのかと聞きとがめた人物がいた。無論、北山は孫四郎にとって股肱の臣である。叛意などあろうはずもなく、彼は伝令から渡された文を読んで敢えて軍議を開いたのだ。
「……そのことなんだがな、少将様が「封じ手」を残しておった」
「なんと!」
「……さすれば、若はこの事態を読んでおったということでござりまするか」
ざわめく諸将、無理からぬことだ。何せ、今樺太にいて内地のことなど中世の伝達速度を考慮した場合知ることは絶対に不可能であろうに、その時間差を埋めるべくばらまいた封じ手は、諸将の顎を砕くに充分過ぎるほどの千里眼といえた。
「……らしい。儂も伝令から文を渡されるまで知らなんだでな」
そして、北山は正直に白状した。無論、それは彼の善人が成せる業であったのだが、仮に彼が悪人であったとしても同じ事をしていたと思われる。何せ、その「封じ手」に書かれている会議内容ははっきり言って千里眼以外の何物でも無く、第九代公方の死因から遠征経緯に至るまで、全てが書かれていた。まあ無論、逆浦転生者であるからある意味当たり前であったのだが、彼らからすればそれが千里眼である何よりの証拠と言えた。
「……なんと……」
「北山殿すらも知らぬとは……」
「と、いうわけでじゃ。……少将様の許可は事前に得ておったという体で軍議を始める。まず、若によれば此度の上様御親征は要請が無い場合無視して構わんとのことだ」
『なっ……!!』
斯くて、諸将の顎を砕く千里眼による一大予測が開始された。よく、この伝説を以て後世の者は孫四郎こと続成が超能力者であるという描写をしがちであるが、彼はただ単に史実知識を使っただけである。まあ無論、それ自体が人知を超えた超自然現象であると言ってしまえば、それまでであったのだが。
「……と、いうわけらしい」
「なんと……」
「確かに、上様は酒を好んでおるが……」
第九代公方足利義尚の死因から死亡時期に至るまでを完全に当てた続成は、ゆえに今回の公方親征を見送ろうとしたのだが、そんなことは彼らには解るはずが無く、ゆえに相変わらずの「神童麒麟児」として彼らはその場にいない孫四郎続成を見つめていた。
「して、北山殿。山名殿への伝令と六角殿への密書の内容はいかがなさいますか」
「実は、それももう「封じ手」として存在しておってな」
『なんと!!』
そして、孫四郎は当然のように六角家への密書や山名家への伝令文なども「封じ手」として書き残していた。それは彼らの神経を寒からしめるのに充分過ぎた。
「……北山殿、それがし薄ら寒うなってきました……」
「それがしも、なんとも若が恐ろしゅうなってきました」
「……案ずるな、儂もじゃ」
今いずこにいるのか解らない主君が見通した千里眼はどこまでも遠くを見ていた。彼らが叛意を抱かないのは、それを千里眼で見通され、そしててのひらの上で転がされている感覚があったからだとも言われているが、それは定かでは無い。
なお、それが若本人の耳に入った際に彼は笑って否定すると共に、「でもまあ、叛意がないのは素直に有り難い。期待しているぞ」と答えたという。