第貳悟(37)章:文明法難 05
「一揆の様子はどうだ」
「……案の定、怒気により士気を暴発させております。殿ぉ、本当に良かったんですかい?」
「期待通りだ。……では諸君、只今より「狩り」を開始する!」
翌朝のことである。前日の逢魔時に近い黄昏時より加賀へ上陸を開始した謎の軍団――言うまでもあるまい、田須富良東宿禰万潔の、つまりは垣屋続成の軍である――が何やら物々しい雰囲気を出し始めた。宿舎代わりである菊理姫神社の外からでもその物々しさが伝わってくるほどであったのだからその物騒な兵気はいかほどのものであったのだろうか?
……そして、彼らは戦闘準備を完了し、行軍を再開した。目指すは敵の根拠地、本願寺御山御坊である。
「注進! 注進! この前の謎の軍団が御坊目指して行軍を始めた!」
「……なるほど、昨夜の夜討ち……」
「ああ、間違いあるまい」
「おのれ、誰だかわからんが許せぬ!」
「討つべし!」
『討つべし!』
「敵一揆衆、参りました!」
「よろし! 全軍射撃自由、一向宗を土塊に変えてやれ!」
『ははっ!!』
桜吹雪に機関銃、後の絵巻物にも必ずと言って良い程登場する、垣屋続成の精一杯の美意識を集めた戦場はここに顕現した。
そして、戦国時代に機関銃を作り上げただけでもその有様はあまりにも逆浦であるというのに、垣屋続成は一向一揆討伐のために新兵器を次から次へと投入した! それは最早、戦闘ではなく、虐殺ですら無く、一種の「実験」であった。
何せ、飛行船からの空襲攻撃をはじめ、軍船に搭載した機関銃、更には雷管式の、即ち元込め鉄砲による狙撃部隊や毒霧発生装置を投石器によって投げ込んでみたり、分単位で鳴り響く筒音やどうやったのかはわからないが榴弾的な、散弾大砲など……。
当初、怒気に駆られて突撃してきた一向一揆であったが、段々彼らも恐ろしくなってきたのか、あるいは別の算段でも思いついたのか、迂回路の構築を始めた。……だが、駄目ッッ……!! その迂回路はもちろんのこと、垣屋続成が用意していた「一向一揆撲滅作戦」はそんなことでは一向に揺るぎはしなかった。何せ、据え付けであったはずの機関銃は角度や方角を変えることが可能であり、さらに速射砲の類いも、徹甲弾から榴弾、更にはどういう製作方法を使ったのかは解らないが、焼夷弾的なものまで用いた、一種の総火演じみた火薬の大盤振る舞いを行い、次から次へと一向一揆を叩き潰していった。
後の発言集の一つに、「兵士一人一人がベームベーム級の攻撃を扱えるならば、合衆国軍など恐るるに足らん!」というものがあるが、彼は根本的な意味で莫迦であった。否、知恵は冴え渡って居るであろうし、この軍事作戦の光景を見た場合、到底莫迦とは言い難いのだが、彼は根本的な意味では「莫迦」であった。それはどういうことか。……まあ言ってしまえば、彼は倫理観と良心、即ち慈悲などの類いを意図的に損壊させた莫迦であった。何せ、他の発言からもそれは読み取れるが、「「あやまちはくりかえしません」とは即ち「この怒りと憎しみと怨みを忘れずに次こそはアメリカ合衆国に対して全身全霊を込めて問答無用で殴り続けてマウントを取り更に内臓どころか骨が砕けるまで殴り、屈服させて向こうが下げた頭をスパイク付きの土足で踏んで大怪我を負わせ、その上で無条件降伏を突きつけ、止めに私刑的報復裁判を行い抵抗力を失わせ、その上で史実の復仇を遂げ墓前に憎い憎い鬼畜米ソの首級を捧げます」と言う意味以外には考えられない!」という発言内容が石碑で残っており、「アメリカ合衆国よ、お前はもう死んでいる!」と富良東大陸に上陸した時に言い放った後歴があるほどなのだ、即ち、GHQのWGIPを巧みに斬り裁いた民族右派の忘れ形見、というのが彼のある種の実像なのだろう。そして、その「慈悲無き軍神」の矛先が一向一揆に向いた際に、何が起こるのかは火を見るよりも明らかであった……。




