第貳壹(33)章:文明法難 02
一向一揆は、万単位の被害を出し、たまらず逃散した。大坂平野に残存しているのは、糞まみれの死骸と、毒入りの水が散乱した湿地と、大量の硝煙反応が出るであろう元地雷原であった。
だが、続成はその光景を見てあろうことかこんなことを言い出した。
「よし、これで硝石塚が確保できるし、それが無理でもこれだけ大量の堆肥があればさぞかし大量の作物を育てられるだろう」
……続成は、一向一揆に敵意以外のものを持っていなかった。だが、それでもこの精神は異常といえた。案の定、家臣団はその発言を聞き咎め、次のように返答した。
「……殿」
「なんだ」
「強がらなくとも、良いのですぞ」
家臣の顔は、青ざめていた。無理からぬことだ、文明十七年、太陽暦に直してまだ2145年である、そんな時代に総力戦などしている垣屋続成の方が異常なのであって、人類初の弾薬神経症すら発症している者がいる中で、童子にも関わらずそれを平然と受け止めている続成を、家臣団の手前強がっていると思った者が居ても不思議では、なかった。だが。
「……何の話だ?」
平然とした顔で、眼前の光景を眺める続成を見て、家臣団は本気で眼前の幼将の胆は別次元であることを覚った。だが、実は続成自身、冷や汗一つすらかいていないように見えて、恨み憎しみだけで眼前の戦闘行為を下令したわけではないことが、次の発言で明らかになる。
「……ですから……」
「……いいか、国家神道なんてものを生み出さないためにも、そして一向一揆によって本朝統一を遅らせないためにも、これくらいは必要なんだ」
「しかしっ……」
……続成は、本朝統一を考えていた。そして、国家神道を憎んでいた。とはいえ、彼がなぜ国家神道を憎んでいたのかと言えば、「敗戦の原因となったから」であり、国家神道による軍事学のドグマ化がなければ大東亜戦争で善戦できた、と考える程度には、彼は国を愛していた。即ち、彼が国家神道を憎んだのは、言論封鎖と軍事学の煩雑化の原因であるからであり、その原因があろうことか一向宗の他宗排斥行為――何せ彼奴等は国家神道すら封殺して一向宗による政治、即ち教部省なるものを作ろうと目論んでいた――による謀略の結果であることを知った際に、彼は大東亜戦役への布石を行う際に、まず戦国時代で行うべきは一向一揆を本当にこの世から消すべきであることを、悟った。
そして、彼は次なる戦場への進軍を下令した。
「……地雷の撤去なり隔離が終わったら、次の戦場に向かうぞ」
「……まだ、やるんですかい……」
うんざりした顔で返答する家臣。それに対して続成は涼やかな顔で、鳥の音のような声で以て、恐ろしいことを平然と言い放った。
「ああ、まだ殺す」
そして、続成率いる垣屋軍は、次の戦場に繰り出した。だが、その進軍先は山科では、なかった……。




