第貳空(32)章:文明法難 01
「続成を殺せーっ!」
「垣屋軍を生かして帰すなーっ!」
血気盛んに突っ込んでくる一向一揆。士気の低い軍勢であればそれだけで逃散しかねないほどの勢いのある敵軍に対して、罵られた垣屋続成は不敵に微笑み、こう告げたという。
「さあ諸君、地獄を作るぞ」
……そして、屍山血河とも阿鼻叫喚とも書かれ、京洛の近くであったことから検分していた公家が恐怖のあまり失禁し嘔吐したと称され、さらに京洛や興福寺までもその流血の勢いが見え、一向一揆の腐乱死体の臭いが漂ったとも書かれた程の凄惨な決戦、通称「浄土ヶ原の死闘」が火蓋を切った。ただ、「浄土ヶ原」と書かれた史料は非常に少なく、大抵は「畜生ヶ原」や「堕地獄平野」などと書かれたものが多かったという。……まあ大抵、そう書かれている多数の史料は、垣屋続成の息の掛かった史料だという判別材料にもなるのだが。
まず最初に発動した罠は、落とし穴であった。しかも、ただの落とし穴ではない、大規模に掘られたその落とし穴には、糞の塗られた竹槍が埋められており、更にはその穴の底には蠱毒で生き残った蛇蝎が仕掛けられていたという。
そして、かろうじてその落とし穴を突破したら、次の罠が待ち受けていた。水計の定番とも言える、増水河である。しかも、あろうことかその増水させた川には毒が仕込まれており、溺死を逃れた者も痙攣を起こし斃れ伏したという。
そして、その水計を突破したら次に待ち受けた罠は、大量の地雷原であった。しかも、あろうことかこの時代に主流であった黒色火薬ではない、湿気にも強い新型爆薬が使われていた。吹っ飛んだ敵兵は、高く飛び上がったもので数百尺を軽く越え、当然ながらその威力を受けた肉体は爆発四散していた。
さすがに、一向一揆も怯み始めた。無理からぬことだ、いかに「進めば往生、退けば地獄」という戦闘教義とはいえ、眼前の罠で死した者は、無残な死体で済めば良い方で、肉片となって原型を留めぬものさえあったのだから。
だが、そんなもので垣屋続成の「報復」が収まるわけがなかった。一向一揆が立ち往生したことを見計らって続成が上げたのろしを合図に、今度はこの応仁文明の御代にも関わらず、空を飛ぶ謎の、鳥では無い何かが立ち往生している一向一揆目掛けて空襲を開始した! 勿論、その焙烙玉も新型爆薬で構成されており、一種の榴弾効果を発揮したものすらあったという。
……以上が、「一向一揆撲滅作戦」の一日目、いや一刻目の戦場であった。一向一揆に敵意や怨恨以外の感情を持ち得ない続成だからこそ成せる凄惨なものであったが、退き始めた一向一揆に対して、彼はとんでもないことを言い放った。
「退けば地獄行きじゃねえのか、一向宗共が」
……繰り返すが、一日目の一刻目、後代の時間換算に直してたった二時間余りの戦闘行為の結果、彼は予め仕込んだ迎撃態勢だけで万単位の一向一揆を血煙と肉片に変えた。だが、「一日目」である。そう、一向一揆撲滅作戦はこれから始まったばかりであった……。