第壹水(31)章:13日の金曜日 -1
「殿! 殿! 大事!」
文明十七年三月、但馬国此隅山城平野部居館、九日市で政務を執っている山名政豊は突如として転がり込んできた急使を見て、ただ事では無いことが起きたことを察した。とはいえ、急使はまだ「大事」であることしか告げておらず、二の句を促すように政豊ならびに近習が促した際に、彼はとんでもない状況である旨を発言した。
「垣屋が若、富良東宿禰様一向一揆相手に開戦の由! 一刻も早く援軍をお願い致す!」
「……なん……じゃと……」
……前回より始まった一向一揆撲滅作戦、大坂平野の部が始まった際に、垣屋続成は援軍を要請してはいなかったのだが、孫かわいさに豊遠が政豊に援軍を要請した。そして、案の定政豊はひどく驚いた。虚を衝かれたと言っても良い。だが、伝令あるいは軍使は、待つことももどかしいのか、あるいは何らかの意図があってのことか、なんと許可も得ずに顔を上げた!
「その方、いつ面を上げよと言うた?」
「ですが!」
その目は、血走っていた。回答次第ではその場で腹を切り一命と引き換えに援軍を要請する気であり、いかに孫四郎が垣屋家で愛されていたかを物語っていた。とはいえ。
「……そのことならば、孫四郎より聞いておる。のう、政忠」
「あの阿呆め、増上慢だと誹られなければ良いが……」
近習の奥から出てきたのは、垣屋家嫡男の政忠であった。年の離れた弟、孫四郎続成の無茶にはたびたび驚かされていたようだが、ゆえに彼は人質も兼ねて政豊の下に侍っていることが多かった。
「わ、若!」
「いかがなさいましょう、殿。孫四郎はなんと?」
弟が危機に遭っているにも拘わらず、それが進んで行った行為であることを理由に涼しい表情で眼前の殿、政豊に自身の弟が予め予約しておいた返事を聞いてみる政忠。そして、その予約されていた返事は案の定の内容であった。
「……そのことなんじゃがな、おい」
「なんでござりましょう!」
「軍監として太田垣を向かわせる。その意味がわからんほど、おぬしは愚物ではあるまい」
軍監として向かわせる、即ち「正式な援軍」ではなく「軍の監督官として」部隊を向かわせるというのだ。何せ、孫四郎の予約返事には「援兵不要、一向一揆にひと泡吹かせてみせます」と書いてあったのだ、とはいえ、さすがに心配になってきたのか、あるいは他の家臣にも経験値を積ませるべきと考えたのか、政豊は垣屋と並び称される重臣、太田垣氏の派兵を命じた。そして、ようやく伝令あるいは軍使も安堵し、深々と頭を下げた。
「有り難き幸せ!」
「……よろしいので?」
そして、太田垣氏の派遣ということは大規模な戦になることを考え、殿に確認を取る政忠。だが、政豊もまたある種の追憶があったのか次のように繰り返した。
「宗収もそろそろ養生を終えた頃だろうて。守役の任もさることながら、尚更に励めと伝えよ」
「……ははっ」
……そして、山名家嫡男とも目されている俊豊が守役、太田垣宗収が大坂平野に派遣された。そこで、彼が見た光景とは。




