第壹菊(30)章:文明法難 00
そろそろ、輝鑑以外の連載もゆるゆる再開していこうかと。
……ひとまず、年を越すまでにはあとの四つのうちいずれかには着手したいと思います。
文明十七年二月二十六日も日が陰るにつれて、彼らは中々帰ってこない宗主の安否を訝しみ始めた。さらに、ある番衆が不寝番の最中に無作法を承知で持ち場を離れて様子をうかがいに行ったら、何か妙なものが台の上に置かれていた。丸いもののようだった。宵闇である上に月明かりも三割強しか働いておらず、彼はそれ以上の詮索を諦めそそくさと持ち場に戻っていった。そして、よがあけた!
「お、おい、あれって……」
「なんだ、こんな朝早くに妙ちきりんな声出しやがって……げっ」
震える手で昨晩に丸いものが置かれている台を指さす番衆。そこにあった「もの」とは。
「お、お、お、おのれ、宗主上人を斯様な扱いにして辱めるとは……!!」
……本願寺第八世宗主蓮如、その首級が獄門として置かれた台であった。何せその首級は事切れた後にわざわざ切れ味の悪いであろう竹鋸でさばかれており、苦悶の表情こそ後に作られたものであると判る程度には拙い擬装であったが、問題はそこではない。彼らの宗教的代表が、俗人の手によって獄門に処されていた。それだけで、彼らにとっては何よりも耐えがたい恥辱であった。
「断じて赦せぬ!」
「続成討つべし!」
『続成討つべし!!』
「…………」
あーあ。
「殿ぉ、案の定一向一揆は勢いづいておりますが……」
「構わん、むしろ血気盛んに攻め入ってくれないとこの策は成り立たない」
「しかし……」
呆れた顔で眼前の一向一揆の陣と自身の仕える「殿」、即ち垣屋より改名予定の続成を見比べる家臣。名を大塚という。官途名は左京とも右京とも伝わる京兆ノ亮であり、後程続成の朝廷工作によって本当に該当官位を得るのだが、その頃には続成は上達部となっており、北山・斎藤の譜代双璧に比べたらやや出遅れた感はあるが、それでも一介の国衆が殿上人になれるのは異例であり、垣屋続成の家名隆盛に乗った形とはいえそれなりに一廉の人物とは言えるだろう。……そして、大塚は案の定怒りだした一向一揆を冷ややかな目で嗤う続成に対して、若干の苦言を呈した。
「殿は、一体なにをしとうござりましょうや?」
「一向宗と法華宗の撲滅よ」
「……撲滅、でござるか」
「ああ、撲滅、だ」
……そして、血気盛んに攻めかかった一向一揆は、この後地獄を見る。今はまだその名も無き大坂平野にやたら残る「血川」、「屍山」、「焼キヶ原」、「往生潟」などの物騒な地名は、垣屋続成が今から行う行為によって発生するのだった……。
……通称、「文明法難」の始まりである。