第壹華(29)章:蓮如獄門
垣屋続成は、摂津下郡の分郡守護に相当する領地を山名家より与えられた。さらに、彼は欠郡の支配を目論んでいた。今回は、そんな話である。
……なお、「分郡守護」という呼称には運用的に諸説あるのは承知の上で、「郡主」と書いた方が無難ではあるのだが、右述する傍点の配置的に「分郡守護」の名称の方が文意が伝わりやすいため、あえて使用させて頂きたいと思う。諸説あるのはご存じである。
文明十七年、まだ桜も咲いておらず春も遠い二月下旬のことである。垣屋続成(この当時はまだ垣屋氏を名乗っていたが、すでに平姓ではなく富良東姓であった)はまだその名すらない石山本願寺の想定地に進軍を開始した。当初、本願寺すら何のことかわからぬといった態度であったのだが、着々と領有化を進める続成に対して本願寺門徒衆がちょっかいをかけたことが、全ての始まりであった……。
「殺せ」
続成の判断は速かった。武士は無礼られたら殺す世界の人物とはいえ、さすがに今回の判断は速かった。拙速と言ってもいいくらいであり、家臣団も武士対武士ではなく武士対寺院であることから続成をなだめに掛かった。
「しかし、よろしいので?」
「ああ、なんだったら俺が刀の試し切りに使っても良い」
本気だった。理由は不明ながら、本願寺に対して敵意以外のものを持ち合わせていない彼は本願寺がどんな態度に出ようと端から殲滅する気でいたようだ。とはいえ、さすがにこの段階で戦端作成は早すぎた。
「とはいえ、即座に殺害は軋轢を招きまする。ここは一つ、相手の当主と会談に臨んでは……」
「阿呆、武士ってのは無礼られたらお仕舞いなんだろうが。首級でも投げ込んで脅してやれ」
なぜ、続成が本願寺に対して敵意以外のものを持たずに接そうとしているのか、それが家臣団には未だ判らぬまま、続成は戦端を開こうとしていた。だが、家臣の「当主同士の会談」という発言を聞き、彼は考えを改めた。
「……しかし……」
「第一……ん、待てよ。当主同士の会談と申したな」
「はっ」
「……片側は俺として、もう片側は誰になる」
誰が出るのかはまだ定かでは無かったが、次男以下はまだ壮年であり、後に本願寺宗主を継ぐ予定であった実如はまだ三十路にもなっていなかった。無論、続成はもっと若い、否、幼いと言っても良い年齢であったのだが、一応片側の当事者である以上、彼が出るしか無かった。……だが。
「当主同士の会談が成立した場合、蓮如上人となりましょうな」
「……いいだろう、相手が会談に乗れば良し、乗らなければ報復せよ」
「ははっ!!」
家臣は後に振り返って、自身の提案を終生後悔していたという。そして、こうも呟いていた。「あのときの殿の顔を見られなかったのが、生涯最大の不覚であった」と。
そして、数日後に行われた会談にて、会談を提案した家臣がなぜ「後悔」したのか、それはもうすぐ明らかになる……。
「準備は出来ているか」
「ははっ。しかし、本当に宜しいのですな」
「ああ、会談を提案された際に俺の脳裏には、この案しか浮かんでいない。少々危険だが、いざという時の補助は任せたぞ」
「……ははっ」
会談の日時は、文明十七年二月二十六日の正午と定まっていた。相手方、即ち蓮如には「同じ釜の飯を食うことで和睦を図る」という説明がされていた。だが……。
「さて、噂の「神童麒麟児」はどう出るかな」
「宗主様、本当に宜しいのでしょうか」
「何、儂の威光に掛かれば童子などすくみ上がるか感化されるかしかあるまいて。あるいは、新しい寄進相手が出来るかもしれん」
「なれば、よろしいのでございますが……」
続成の陣所に招かれた蓮如は、噂の「神童麒麟児」がどこまでの人物か見極めようとした。一応、護衛としての坊官が側に控えているが、それは互いに同様であり、特に咎め立てられるようなことではなかった。だが、坊官を二人しかつけなかったことが蓮如にとって生涯の不覚となる。
「さて、陣所にお招き頂き有り難う御座いまする。この度はわが門徒が不手際を行った由、改めて謝罪致しまする。被害の度合いにもよりますが、ここは一つ金子による決着を……!?」
蓮如が深々と頭を下げ、謝罪の文言を述べようとしたその時である。彼は、自分の身に異常が起きたことを覚った。では、異常が起こったのならば周囲の護衛坊官が助けるべきでは無いのか。実は、それも出来ない相談であった。なぜならば……。
「……これでよい」
「……殿……」
「蓮如が首級、獄門にて晒せ。致命傷故苦悶の表情は残せなんだが、そこはそれ。死に化粧にてそれなりに苦しんだ顔にしてやれ」
「……本気、なのですな」
「ああ、端っから会談という提案を受けた時に、思い浮かんだ策はこれしかなかったのでな」
……本願寺第八世宗主蓮如は、護衛の坊官諸共仕物に掛けられた。何せ、護衛の坊官が駆け寄る間も無く周囲の続成配下に討ち取られたのだからそれは神業といっても差し支えなかった。だが、この程度で垣屋続成の神算鬼謀が終わるわけがない。続成は自身で刺した感触を深々と噛み締めて居た。なぜ、平成の御代に息絶えたはずの人間が殺害耐性など持ち得ていたのか。無論、彼が前科者というわけではない。では、前科をしていないだけの異常者であったのか? それも、違う。では、彼がなぜ昭和末期から令和に届かぬとはいえ殺害に耐性があったのか? 戦国時代に染められた? それも違う。……もう一度、前の文章を見てみよう。……そう、垣屋続成、の中の人は本願寺に敵意以外のものをもっていなかった。……彼は、自身の説、即ち「人が人を殺害しないのは逆襲や報復に恐れたり、あるいは法の裁きがあるからである」という経験則を見事に体現した人物であった。彼は、ある意味で日本人離れした感性の持ち主であり、ゆえに戦国時代という殺し合いの世界にも早期に適応できたわけである。恐ろしいことだが、彼は怨みや憎しみのある相手ならば、自身で刃を握り討ち取ることに、何ら抵抗のない人間であった。普通ならば、殺人に及ぶにはそれなりの心理的抵抗があるはずなのだが、彼は特別それが薄かったようだ。あるいは、ゆえに戦国乱世という修羅道まがいの時代に転生したのかもしれない。




