第壹漆(23)章:三木の陣 03
三木郡君が峰に築かれた赤松家の要害は、呆気なく陥落した。無理もあるまい、彼らは馬の突撃や歩兵の槍先、或いは弓矢による援護射撃の元攻城丸太などによって城門を破られることに対する想定しかしていないのだ、誰がこんな応仁の乱から20年も経過していない時期に榴弾砲による一斉射撃など想定し得ただろうか?
そして、城門をを破ったのならば後は城に乗り込むだけであったが、彼らが城内で見たものとは世界初の弾薬神経症によって失禁した足軽や、轟音によって興奮した軍馬に蹴り飛ばされた死骸程度なものであり、当初城代である別所四郎介を捜索するのにも苦労した(なお、別所四郎介は二度目か三度目の一斉射撃によって砲弾が直撃したことにより世にも無残な四散死体となっていた)。
そして、別所四郎介の上顎から上がどうにかいくつかの塊で飛散していることを発見した垣屋孝知は君が峰城の落城を宣言した。とはいえ、その宣言はどこか寒々しいものであった。当たり前だ、君が峰城は榴弾砲の一斉射撃によって原形を留めぬ状態まで破壊され、再建するよりも新しく城を建造した方が早いのでは無いかと囁かれたほどの被害を受けたのだから。
そして、彼らは何者がその「破壊」を行ったのかは、よく把握していた……。
「……孫四郎を呼べ」
「もう来ておりまする」
垣屋豊遠が続成を呼び出した。だが、続成は既に大砲の管理を直臣に任せて、既に豊遠の陣に入っていた。
「……おお、孫四郎か。いや、今はもう続成と呼んだ方が良いか?」
少々腰が引けた態度ではあったが、眼前の孫に対して愛情深い態度を見せる豊遠。まあ尤も、親が引き締め祖父母が愛情を注ぐというものは古今東西、どこだってある意味でそういうものなのかも知れないが。
「孫四郎で構いませぬ」
そして、それに対して幼名で呼んでも良いという行為によって祖父の愛情を受け止める続成。普通、元服したら幼名で呼ぶ行為というものは非常に無礼であるのだが、そもそも親の親であると同時に続成自身、当代の風俗には疎い部分が多かった。故に無理からぬ事でもあった。
「……そうか。……しかしまあ、よくやってくれたのう」
ようやった。字面だけ見ると褒めているようにも見えるが、口調まできちんと音で表した場合、皮肉交じりの溜息といえるものであった。無理も無い、眼前の孫、その齢まだ五にも満たぬ、が行った戦闘とすら言えぬそれは明らかに始まりつつある日本全土の戦闘行為を早々に終わらせうる可能性を秘めるほどの武力であったのだから。
「想定より破壊力は高く、命中精度は低うございました」
実はこれ、嘘である。続成は後の記述で「そうとでも言わねば警戒されるだろうから、あえて「予想より強い」と言っておいた」と書いてある通り、この時の続成が発明した榴弾砲は原始的な機構であることもあって非常に乏しい威力や命中精度であった。とはいえ、あくまでも続成の想定に比べれば、でありこの時代に榴弾砲など持ち込んではどう考えても過剰殺傷行為であった。
「そうじゃろう、こんな威力を持った兵器を開発したことは大儀であったが、早々使えんな、こんなに威力のあるものは」
豊遠が嘆息しながら続成をたしなめる。それも当たり前のことで、この当時占領地の足軽や土豪・庄屋などはきちんとわからせた後に忠誠心を試すために最下級外様として最前線に放り込むことが多く、それは当然の軍法としてどこの家でも定められていた。
「なぜで御座いましょうや」
だが、続成にいる逆浦は現代人である。当然そのような風習など知らず、更に言えば彼は赤松家の国衆を滅敵――即ち、殲滅すべき宿敵――ではなく、従敵――即ち、威を示して従えるべき其の他の敵――であると判断しており、彼は従敵に対しては割と手ぬるい扱いをすることが多かった。と、いうよりも彼が「滅敵」として認定したのは本朝圏内においては一向宗と日蓮宗程度なものであり、その日蓮宗も不受不施派以外には「犬作探し」と称した行為を行った後、「無罪」と判断したのならば同じく手ぬるい扱いをすることが多かった。
「……その辺り、おぬしはまだ幼いのう。……考えてもみよ、敵対したとはいえ彼らも戦闘能力のある足軽じゃ、もしまともな状態で降参していれば再利用もできたろうに、これでは使い物にならんだろう」
なんともやれやれ、といった様相で弾薬神経症になった赤松家の郎党や足軽、下人などを見渡す豊遠。彼の目には、今し方まで砲撃を受けた彼らは、再起不能に見えていた。だが。
「故に、で御座います」
「……何?」
「支那の諺に曰く、「一罰百戒」。即ち、垣屋家に敵対する勢力は見るも無惨な状態になるという物的証拠を作るために、今回はあえて威力の高い攻撃を選びました」
「……ははぁ、なるほどのう。……では孫四郎よ、この足弱と化した元敵であった足軽どもをどう使う?」
「……それならば、ご安心下され。弾薬神経症を癒やすための薬物も、きちんと用意しておりまする」
……なんと、続成は弾薬神経症を治療するための薬品を予め開発していると主張した! ……恐るべき事であるが、彼はこの当時において、敵方に対して露骨に人体実験を行うことを前提としたとはいえ、様々な薬を既に実験段階にまでこぎ着けており、その中には麻酔や向精神薬なども存在していた! ……とはいえ、さすがに後代の麻酔薬や向精神薬とは違い、本草を主軸にしたものであり、いくら何でも単剤抽出などはまだ技術面で不安の残るものであった。……そう、少なくとも周囲の者はそう思っていた。
「……弾薬神経症?」
「なんだ、それは」
思わず、割って入る垣屋孝知。聞き慣れぬ言葉を聞いたこともそうだが、段々と甥っ子の智謀がどこまで役に立つのか面白くなってきたようだ。
「ああ、いわば、砲撃を間近に受けた衝撃によって心が著しく破損した者に対して、薬物でそれを忘れさせるか、思い出したとしても衝撃を和らげるための薬物で御座います」
いとも容易く、弾薬神経症を治療する薬があるという。読者世界の令和になってもそんな薬は存在しないはずだというのに、彼はいとも容易くそれを可能であると言い放った。その、効能成分とは。
「……そんなものがあるのか」
「はい、なので今回、強硬手段を執らせて戴きました」
「……末恐ろしいのう、儂の孫は……」
「全く、とても政忠と同じ腹から出たとは思えませぬ」
政忠もまた、ひとかどの人物ではあったのだが、如何せん続成が規格外過ぎた。故に、思わず比較してしまう孝知であったが、それを見咎めた続成は、次のように釘を刺した。
「……祖父上、叔父上。お家騒動の種をまくのはご勘弁願えますか」
……とはいえ、それはあくまでも「政忠が歪んだらどうする」という心配ではなく、「嫡男を立てないのは派閥争いの元になる」という懸念であった。その辺り、彼は平成の人間にしては割と厳めしい心をしていた。あるいは、故に戦国時代に呼ばれたのだろうか?
だが、豊遠は続成の予想も付かないことを言い放った。それは……。
「……ああ、そのことなんじゃがな……。孫四郎よ、おぬし別に分家を建てる気はないか?」
「……は?」