第水(15)章:浦上軍の反攻 02
文明十六年も既に太陽暦では年が変わってしばらくした頃のことである。播磨支配を盤石なものにせんとするために兵を進める山名家に対して則宗ら赤松家遺臣団は反攻作戦を企図した行軍を開始、一見して順調に見える播磨征討戦は実のところ赤松家遺臣団の計画的撤退によって進めば進むほど補給に困る仕掛けになっていた……。
文明十六年十二月、後の加東郡において孫四郎ら垣屋家郎党衆は有馬温泉より西へ西へと進んでいた。そんな折、孫四郎の勘に「何か」が引っかかった。いかな孫四郎とはいえこの当時はまだ自身のその非常に鋭い勘働きを信じておらず、思うに任せて呟いてはいるもののその推理は孫四郎自身的中したことに驚くこととなる……。
「妙だな」
我々は今、少なくとも敵地にもかかわらず順調に進軍しているように見える。それは事実だろう。……ならば何故、想定より兵糧が減っている? ……略奪を戒めたことは、既に計算には入れている。そもそもこの時代の略奪は権利であり、締め付けるにも限度がある。どこかで解放させてやらにゃいかん。だが、占領地での行動とは略奪は深く戒めなければならん。国をとった場合、きれいさっぱり滅ぼすか、やや子をあやすかのように全部与えるか、その二つが通常の選択肢だ。我々はそのどちらも今のところは選べないが、覚悟だけは決めておくべきだ。
「若?」
若は、偶にこういう状態に陥る。護衛をつけないお忍びをしようとしないからまだ我等の護衛でなんとか守ることは出来るが、これでは領主の任を果たして任せられるかどうか……。
「山名家は播磨を征服しつつある、だというのになぜ……」
播磨は上国を超えた大国、それは古来より穀倉地であるという意味だ。なれば、少なくとも略奪をせずに物資の購入という形で現地民と交渉する費用を考えても、そこまで負担になることは無いはず……。なれば何故、兵糧が既に数割も減っている?
「若、いかがなさいましたか」
若のひとりごとは基本的に高い考えを行っている最中であるが故、止めるべきではないのだろうが……、今は進軍中、士気に関わる行動は慎んで頂きたいところではある。……これに反応せぬ場合、一度叱るか。
「補給路を襲われた形跡はない、しかし物資の低下が尋常ではない。……やはり現地調達を諫めたからか? しかし所詮略奪を統制できるわけでもなし、ならば何故……」
「若っ!!」
ぶつぶつ呟く若を思わず叱りつける傅役の翁。名を北山次郎右衛門雅嗣という。後に外様代表である客将の衛藤幸嗣と度々舌戦を繰り広げることが多いが、そういう場合は大抵、彼が譜代代表として行っていることが多く、私生活においては趣味の一致などもあって非常に仲は良かったという。
「わっ、なんだ!」
思わず、馬の手綱を引いてしまい、しこたまにいななく馬の鳴き声にも驚きかけたが、それ以上に先程の北山の声は大きかった。
「……何をぶつぶつと呟いておられまするか。いかに元服をしていないとはいえ若は現在一手の大将でございます、その大将が呟いていては士気に関わりまする」
そもそも、元服をしていないどころか禿とすら言い難い幼児が指揮を執っている時点で、本来ならば士気は下がるはずなのだが、この幼児はただの幼児ではなく神童麒麟児の異名を持つ後の聖君大祖、垣屋孫四郎である。俄然、兵の士気は高かった。
「あ、ああ。それは悪かった。……爺、この行軍、妙じゃないか?」
行軍が妙であることに気づき始める孫四郎。その「妙」と感じた理由はいろいろ存在するが、彼は補給というものをこの時代の武者としては異様に重視する人間であった。無論、名将の条件として小荷駄、すなわち補給部隊に気を配ることもあるにはあったが、彼はその「名将」と言いうる部類の中でも飛び抜けて補給というものを重視していた。何せ、彼の論功行賞では補給路を計算する文官や補給物資を届ける人足にすらも「武功」と称した感状を発布したり給金をはずんだりしているのである。武官にはそれが面白くない者もいたが、彼はその不満を持ったある武官に対して「では、戦闘を継続できるのは誰のお陰なのかのう? ……腹が減っては戦はできぬ、有名な諺では無いか。第一、補給無しで戦をするならば、以後略奪を禁じても良いのだな?」と皮肉交じりに論戦を行おうとしたという。
「……妙、とは?」
「妙に、物資の調達に齟齬を来しつつある、播磨は決して貧弱な国力ではないはずだというのに……」
そして、その彼が妙と言っていた現象は、まあ言うなれば想定よりも遙かに、兵糧の減りが激しいということであり、略奪を禁じていては早晩、彼らは飢え始めるであろうということを、彼は懸念していた。
「……確かに、妙ですな。これではまるで……」
……確かに、これではまるで兵糧切れをさせるためにわざと兵を退いているようなもの。浦上則宗、まさかそこまでの将とは……。
「まるで?」
……爺も勘付いたみたいだな、この行軍が妙である理由について。




