第月(12)章:魚住城 02
「……ふむ、どうやらまことに赤松政則の首級じゃの。……斎藤、逗留中に赤松ずれを何処に晒すか考慮する故、何か言いたいことがあれば今申せ」
再度の首実検の結果、確かに赤松政則の首級であることが確認され、ここに赤松惣領家は断絶を迎えた。無論それが意味するのは播備作を山名家が奪還したというだけのことではなく、公然と幕府の決定を覆したばかりか、幕府の重役同士が殺し合ったということも意味する。が、今はまだとりあえず山名家が当座の領地を手に入れたことを記憶しておいてもらえればそれで構わない。
「ははっ。……恐れながら、殿。晒す場所や高札の文面であれば、既に腹案が御座います」
そして、斎藤は分厚い紙束を俊豊に提出した。その文面は後述するが、まあ要するに現場監督官の奏上であった。
「……用意周到じゃの。……よい、見せてみよ」
「ははっ」
そして、紙束の中身を俊豊が読むにつけ、徐々になぜか敵惣領を暗殺したにも拘らず何故か不快であった表情はきちんと本来の、敵惣領を暗殺したことに対する快の表情に変わっていった。
「どれどれ……、……ふむう、ふむふむ……。斎藤、これはおぬしの案か?」
念のため、斎藤の案か戯れに聞く俊豊。無論、花押が押しており別人が署名している以上、斎藤の案ではなかった。
「いえ、我が主君の嫡孫である若君が発案者で御座います」
「……ふむ、豊遠の嫡孫ということは、政忠か」
そしてそれに対して、宗続の嫡男政忠の発案かと訊ねる俊豊。無理もあるまい、通常こういった行為は箔をつけるために嫡男がやると相場が決まっていたからだ。だが。
「いえ、孫四郎君に御座います」
「……なんじゃと?」
……俊豊が読んでいる文書は、確かに成人が書いたにしてはたどたどしいものであった。だが、それを書いたのが齢三歳程度の孫四郎であるとなると話は異なってくる。何せ、その文書は楷書とはいえ一丁前に花押までつけたものであり、本当に三歳児が書いたとするならば達筆と言って過言では無い出来だからだ。そして、その内容とは現代語に訳して以下の通り。
御殿主様へ
赤松政則を討ち取りました。晒す場所は人通りの多い姫路を提案いたします。また、褒奨につきましては生野銀山を賜りとう存じ上げます。姫路に首級を晒す際に、鬼瓦ことめしとその子小めしを隣に並べ、足軽達に犯しても良いという触れを出しましょう。
……まあ尤も、鬼瓦と称された彼奴女等を犯そうとする者がいるかどうかはわかりませぬが。
話は変わりますが、何卒次に陣触れを行うならば龍野戦線への投入を希望致します。実地検分致しましたところ、龍野は赤松家分家が構えている要所にして、備前の浦上則宗らに楔を打つ際に、絶好の地点となりましょう。
垣屋孫四郎
「……確かに、かの童のようじゃな。……とはいえ、元服もしておらぬ禿を前線に出すわけにも参らぬ。そもそもあやつ、烏帽子親も決まっておらんじゃろうに」
……そろそろ、なぜ俊豊が不機嫌だったかの理由を記そうと思う。それは別に眠たい時分に起こされたからでは無い、既に孫四郎の勇名は山名家の奥深くにまで響いており、それ自体は本来ならば「山名家にはこういう武者がいるのだぞ」という宣伝材料にもなり、損益計算で言えば損ではない、はずであった。そう、「本来ならば」。
……先程俊豊が述べたように、孫四郎はまだ元服も済ませていない「禿」であった。禿をハゲではなくかむろと読む場合、要するに幼子という意味なのであるが、孫四郎は紛うこと無き幼子であった。否、数えで三なのだからまだ乳飲み子と言っても良いほどである。そんな「禿」をなんぼなんでも宣伝材料にするわけにも行かず、更に言えばその「幼児」が活躍する事態になるまでお前ら何をしていたんだ、と問われる可能性がある以上、諸将にとっては不愉快と言うべき存在となりかねなかった。これで孫四郎が嫡男であればまだ溜飲も下がるだろうが、孫四郎は嫡子とはいえ嫡男から見て弟である以上、本来ならば嫡男の下につく存在である。……もうだいたい判った方もいらっしゃるだろう、孫四郎はまさに「出る杭」であった。
「……ははっ」
「まあ、良い。烏帽子親がおらんのならば儂がなってやっても良い」
そして、俊豊は家中政治安定のためにある策を提案した。それは、俊豊が孫四郎の烏帽子親になることによって制御下に置くと共に、「次期惣領が烏帽子親ならば」と孫四郎が奇矯なことをしても皆を安心させる行為であった。無論、目上の家が烏帽子親になる以上、それなりの権威が孫四郎に付与されるのだが、俊豊は孫四郎がその権威を利用できる傑物であると確信した。
「まことにございますか!?」
思わず、頭を上げそうになる斎藤。それを見て俊豊は頷いた後に、更に二の句を告げた。
「こんなこと戯れで申すか。……垣屋孫四郎とか申したな。戦場での元服式故簡略化するが、これは垣屋家全体の褒美も兼ねておる」
「有り難き幸せ!」
思わず、感涙を浮かべる斎藤。彼は孫四郎の傅役ではなかったが、長年代々仕えている主家が評価されるという行為は彼にとって自尊心を満足させるに充分なことであった。
「……話は最後まで聞かんか。かの童、確かに神童麒麟児に相応しいが、粗忽でもあるの」
感涙を見て苦笑しそうになるも、咳払いの後扇を広げて口元を覆い、少し扇いで仕舞い孫四郎の評価を下す俊豊。上げて落とすのはあまり褒められた行為ではなかったが、こう言った場合は釘を刺すことも重要であった。
「……何故でございましょうや」
さすがに、上げた後に落とされて不服を表しそうになり、不服を見て取られると拙いと思い直し真剣な表情でごまかす斎藤。それを満足そうに見つめるや、俊豊は孫四郎が「粗忽」である理由をつらつらと述べだした。
「……生野の地が誰の所領か知らんと見える。太田垣は垣屋家を敵視まではしておらんが、確執は非常に強い。その太田垣の所領を垣屋の末弟に譲ればどうなると思う」
……生野こと朝来郡は、垣屋家の所領ではなく垣屋家と同じくらいに力を持つ別の、太田垣という家の所領であった。そんな太田垣の所領を垣屋家の、「禿」に与えたとあっては太田垣にとっては沽券に関わる行為である、さしもの勲功一等の武者といえど、聞き届けられる願いでは無かった。
「……確かに、それはそうなのでございますが」
斎藤もまた、そこが引っかかるだろうとは予測しており、孫四郎に何度も確認をしたが翻意は出来なかった。だが無論、「禿」だからと何も報奨を与えるのは拙いのは明らかであり、また銀山ならば生野以外でもいいだろう、という判断もあって俊豊は孫四郎に翻意を促すための材料を提示した。
「とはいえ、ここまでの功を上げたにも関わらず何も無しでは拙いでな。……要は、孫四郎は銀山が欲しいのじゃな?」
「おそらくは」
「……なれば、丁度良い地があるではないか」
「……と、仰いますと?」
「多田じゃ。生野の銀山が如何程かは知らんが、後朱雀帝の頃より存在するが故、あやつも納得しようて」
多田銀山。摂河泉といえど赤松領であり、政則を暗殺して播磨を奪還した今ならばそこを孫四郎に拝領させるのに、何の障害も存在しなかった。更に言えば、東からの外敵を牽制する役割を将来的に与えることもでき、山名家にとっては猫に小判ならぬ獅子に宝物であった。
「……なるほど、多田ならば石山も近うございますな」
「……石山?」




