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輝鑑 後世編纂版  作者: 担尾清司
第一部第二話:高品位高等書生、垣屋孫四郎として初陣を飾るのこと

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第拾(10)章:三木の陣 00

「殿っ!! 越州様!」

 三木城を囲む垣屋越前守豊遠の陣に斎藤又三郎が転がり込んできたのは文明十六年十一月十七日卯三つ、後代の太陽暦(皇紀)に直して概ね2144(西暦1484)12月(ユ暦に直)14日(して12/05)三時半(午前七時半)(但し、当時の暦は日の出と日没で数え方が違うので厳密には異なる)、即ちまだ日も昇らなければ霜も溶けきらぬ文明十六年のある冬の朝といった頃であった。

「おう、斎藤か。如何した」

 柄にも無く大汗を掻き息も絶え絶えの斎藤を見て、妙な感情に支配された豊遠は小姓に水を持たせ続きを促した。

「敵惣領、赤松政則を討ち取りました! 現在、八部郡は上谷上村にて首実検を行っております!」

 ……そして、その一報は間違いなく回天の吉報であった。

「……なんじゃと?」


 ややあって。

「間違い、ないのか」

 流言飛語や勘違いであるのならば罰するぞ、そういった旨で斎藤を問い質す豊遠。だが、その吉報は紛れもなく本当のものであった。

「ははっ、まだ首実検の最中では御座いますが、間違いではないと思われます!」

 と、いうか間違いなど起こりえようはずが無い。何せ、孫四郎は赤松政則目掛けて忍者達に印字打ちを下令したのである。その夜は煌々と月が照っており、赤松政則の顔を知らぬ孫四郎だけならいざ知らず、職務の関係上そういったこと(敵将の情報)を熟知している忍者衆が印字打ちを行ったのだ、それは紛れもなく赤松政則の首級くびであった。

「……そうか、赤松惣領を討ち取ったか……。

 皆、聞いたか! 赤松政則は我が手勢が討ち取った! 斎藤、その足で悪いが急ぎ三木城の兵に伝え、降伏を勧告せよ!」

「は……ははっ!!」

 ……斯くて、三木城兵に対して赤松政則、別所則治らの首級くびを引き換えに降伏勧告が行われた。だが……。


「断る」

 開口一番に三木城の代官より出た言葉は斎藤の耳目を疑うものであった。無理からぬことだ、通常城主の首級を取った場合速やかに開城もしくは首級奪還のために一合戦やるものであるが、あくまで眼前の代官は兄の首級を取り戻すこともせず、更に開城することもなく、軍使である斎藤を斬捨てこそしないもののかたくなな態度を崩そうとしなかった。

「……理由を、お聞かせ願っても宜しいでしょうか」

 たまらず、相手の都合を聞いてしまう斎藤。無論、教えてくれるはずも無いのだが、あまりに定石外れの眼前の光景は彼が疑問を覚えるに充分過ぎた。

「それも断る」

 そして案の定、その都合を話さぬ代官。交渉の余地すら見いだせぬことを考え、斎藤はひとまず城を退出することにした。

「…………後悔、なさいますな!?」

 ……捨て台詞を、こう残して。


 三木城代官である則治の弟、敗北者の常として詳しい史料は残っていないが名を記述するのに不便なので則治の通称などより仮に四郎介しろうのすけとする、は兄である則治どころか主君にして赤松家惣領である赤松政則の首級よりも三木城が重いと判断、これにより三木城、後の公我峰(君ヶ峰)城跡は敵中孤立と引き換えに後々まで三木・小野・粟生などの地に赤松家勢力をばらまいて垣屋続成が元服の後進軍するまである程度の間根強い抵抗をすることとなる。


「申し訳御座りませぬ!」

 平伏する斎藤、それに対して豊遠は怒るのではなくあきれ果てた様子で斎藤に次の命令を告げた。彼自身、定石の提案であり向こうが断ることを想定していなかったのか、その命令の口調は厳しいものではなかった。

「……まあ、よい。……全く、時流の読めぬ輩は何処にでも存在するのう。斎藤、ついでじゃ。惣領閣下に赤松ずれと別所めの首級を提出して参れ」

「ははっ!!」

 ……寒気の激しい氷河期の冬といえど、首級、即ち生肉が腐るのは存外に早いものである。腐らぬうちに速やかに戦勝の報告と共に首級を運搬する必要がある。

 そして、斎藤は有馬郡→三木城→山名家前備である魚住へと赤松政則ならびに別所則治の首級を腐らせぬように急ぎ運搬する、という任務を請け負うことになる。何せ、この当時は早馬程度しか特急通行手段は存在しない。如何に雪などをつめて防腐処理をしているとはいえ、困難な任務であった。

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