第玖(9)章:有馬の変 08
「……」
「間違いありません、赤松政則でございます」
眼前に転がるは、投石攻撃によって全身を強く打って死んだ素性の知らないおっさん。……これ、俺が命じたんだよな……。
「……」
「やりましたな若! 大手柄でございますぞ!」
……あれが因果なら……これも因果、か。
「……」
「この首級を持っていけば手柄は選び放題でございますぞ!」
……化けて出てくれても、構わんよ。
「……」
「……若?」
……ああ、いかんいかん。皆が訝しみ始めている。ふりでも喜んでおかねばな。
「……鬨の声を上げよ。もう騒いでもいいだろう」
かぶりを振り、意識を立て直す。ここは戦場、一歩間違っていれば味方がこうなっていた。……よし、悟性完了。
「は、ははっ!! して、いかなる?」
「は?」
いかなる? いかなる、って……えいえいおーじゃないのか?
「これは若の初陣でございます。鬨の声を上げるにしても、若からどのような鬨を上げるか教えてもらっておりませぬ」
……あー、そういうことね。なるほど、俺が今からあげる鬨の声によって、後世にまで影響を轟かせることが出来るのか。……だったら、掲げる命題は昔から決まっている。
「……あ、ああ、そうだったな。忘れていた。
……したら、俺が「魔法陣天使の」っていうから、「祝福あれ」って叫んでくれ」
魔法陣天使。聖書の大陸での表記だが、この際何語だかはどうでもいい。富良東教に魔法陣天使。それが、俺の生き様だ。くくっ、後世の者が考察して困惑する様が目に浮かぶわ。……自分の魂に、嘘なんかつけるか。いつだって、そうだ。我が生涯に恃むは、富良東聖書、即ち魔法陣天使のみ。
「は、ははっ。では、若!」
さて、それじゃ景気よく声高らかに、聖書の名を唱えましょうかね!
「魔法陣天使の!」
『祝福あれぇっ!!』
……うん、やはり私には魔法陣天使こそが相応しい! 担い手はここにあり、だの諸君私は戦争が大好きだ、だのといった御託は必要ない。ただ、魔法陣天使と共にあるだけで、俺はいつだって生きていける!
「魔法陣天使の!」
『祝福あれぇっ!!』
有馬は上下の谷上村から鬨の声というには聊かよくわからぬ漢語表記の声が聞こえる。……この声、孫四郎か。なれば、それが貴様の鬨の声か、孫四郎!
「……殿、この珍妙な鬨の声は……」
戸惑う家臣。まあ、その意味はわからんだろう、儂だってわからんのだ。だが、この際それはどうでも良い!
「……孫四郎め、暗殺に成功しおったか!!
皆、よっく聞け! 我が嫡子孫四郎は、赤松政則の暗殺に成功したぞ! これよりこの地は草刈り場となる、全軍励めぇっ!!」
『応っ!!』
かくして、孫四郎は敵惣領、即ち敵の大名の暗殺に成功した! それは孫四郎のあまりに壮烈な伝説の始まりであった。何せ、孫四郎は記録に残るだけでたったひとりの命令で一億もの命を奪う代わりに、十億もの命を救うのである。今回の鬨の声は、いわば孫四郎の武将としての産声といえた。そして、それを聞き取った宗続は眼前の戦闘中である敵勢――その多くは赤松家旗本であり、政則の影を務める別所則治の側を固めていた――に対し高らかに勝利を宣言した。……そして、案の定敵勢は露骨に動揺し始めた……。
「そ、惣領閣下が討たれたじゃと!?」
呻く赤松家近習。総領閣下とは守護請の惣領のことであり、この場合は赤松家当主である赤松政則のことだが、その赤松政則が討たれたという一報は完全に彼らの士気にとどめを刺した。
「なんたることだ……」
逃げ散らないのが奇蹟とすら言えた彼ら、それは彼らの練度と忠誠心が高い証拠であった、とはいえ別所則治を影として扱っている以上、その別所から離れてはならない、かくなる上は別所則治を赤松政則と偽って軍の崩壊を防ごうとした。……だが。
「別所様、いかがなさいましょう! ……別所様?」
……すでに、別所則治は事切れていた。古の弁慶のような立往生であり、家臣がそれに気づいた頃には敵兵が既に別所則治が死んでいるかどうか槍でつついて確かめようとしていた。
「な、なんたること、なんたること……!!」
「と、殿に近づくな! 皆、此方じゃ、守れ、守れーっ!!」
……斯くて、赤松家の軍勢は総崩れとなり、別所則治並びに惣領近習衆などは時間の前後はあれど概ね赤松政則の後を追った。
山名家は赤松家へ追撃を行い、赤松家の武者の数少ない生き残りは落ち武者狩りの対策に追われ、散り散りになって逃げ始めた。……勝負は、最早誰の目にも明らかであった。
そして、よがあけた!




