表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝鑑 後世編纂版  作者: 担尾清司
第一部第一話:高品位書生、戦国時代にて先祖に復り垣屋孫四郎として身を立てるのこと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/95

第陸(6)章:有馬の変 05

 文明十六年も雪が積もり、瀬戸内気候という比較的寒暖の差が少なく暮らしやすいはずのこの西は八部郡から東は猪名川を臨むに至るまで、北は有馬郡などの摂津西端部――即ち後の琥陽平野と称される区域の西北――にて赤松政則は越年計画を練っていた。温泉も近くにあり、湯治宿もあったこの地は赤松領であると同時に、摂播(せつばん)国境を突破する場合は作戦本部にうってつけであった。そして政則も例に漏れず、播磨にて大敗した後に堺へ逃げ、細川政元の胸中にて幕政に訴えかけた後に播磨奪還を行うためにこの地にやってきて、越年計画のついでに兵の慰安という体で温泉に浸かっていた。……それが、彼の末期の湯であることも気づかずに。


「ふぅ、やはり有馬の湯はよいのう」

「……殿」

 その赤松政則の側に控えるは城代、別所則治。現在垣屋豊遠に包囲されている三木城の主にして、赤松政則の城代として小姓や馬廻りを率いている彼は、密かに浦上則宗などに連絡を取り赤松政則が生きている旨を発信、山名家を転覆させんと着々と計画を練っていた。

「どうした?」

「長湯は体に悪うございます、そろそろ一旦上がられませ」

 如何に温泉が体に良いと言えども、温泉が表す印が示すとおり、10分も20分も湯に浸かっていては非常に危険であった。無論、そういう意味で危険ということもあるのだが、則治は万一政則が死した場合、赤松家が決定的に瓦解することを懸念していた。――そしてそれは、すぐ目の前にまで迫っていた……。

「まだ大丈夫じゃ、それに万一のぼせたとしてもおぬしがいれば安心じゃよ」

 そうとも知らず、温泉の毒のみを考えている政則。それも無理からぬことではあった、彼もまた堺より既に山名家が彼を捕捉していると知る術は無く、更に言えば彼らは少なくとも、現地勢だけを考慮すれば居場所を煙に巻き、奇襲成功の条件はほぼ完全に満たしていたのだから。

「それは、そうでございましょうが……」

 もし、則治が政則を暗殺した場合、恐らく山名家に高禄で取り立てられることは確定であった。だが、彼もまた一字拝領を受けた身である、そのようなことは、脳裏にもなく、また彼は政則を助けて赤松家を再興することで高禄に預かろうと思っていた。


 一方、山名家の忍びを多数抱えた垣屋宗続ら暗殺部隊は小部峠や古古山峠などの目立つ(・・・)道を通らずに唐櫃にまで迫っていた。唐櫃は有馬温泉を封鎖する場合は金仙寺湖同様に地政学的に必ず押さえるべき地であると同時に、六甲山にほど近い平地でありまとまった兵を伏せておくには絶好の地であった。そんな地に、赤松家の歩哨が居ない時点で、どれだけ赤松政則が油断していたかが見て取れるだろう。……だが、宗続はこの唐櫃にすらいなかった。彼が軍勢を伏せた地、それは……。

「孫四郎、本当にこの道であっておるのか?」

 孫四郎をつれて検分するは、言うまでも無く宗続。なんと彼らは、六甲山中にいた。彼が軍を伏せた場所は、赤松政則が陣を構えている北の坊こと兵衛まで、最早里にも満たない、滝壺の音によって騒音を隠しやすい山際であった。

「ええ、有馬街道には様々な抜け道があります。そこを集合地点を決めて少人数で動き、滝壺によって音を消せるのならば、もし彼らが見張りをおいていても気づきませんとも」

 ……彼らがどうやって行軍を行ったのか。後に赤松政則暗殺作戦に参加した忍びの証言を元に読者世界の道と整合させた場合、地獄谷近辺のからと西料金所より唐櫃南より六甲山中に入り、県道九十五号、県道十六号を経て宝殿料金所より蘆有間のまだこの当時にはないはずの六甲隧道に値する道らしきものを通り、瑞宝寺公園の近くの滝壺――おそらくは太鼓滝と思われる――で集結を行ったものと思われる。

「しかし、考えたのう」

 思わず舌を巻く宗続。彼からしてみれば、この幼い頭脳からそれが出てくるのか不思議で仕方なかった。まあ無論、幼い頭脳の持ち主ではなく、子孫を名乗る怪人物がそれを指示した結果であるのだが、それをさっ引いたとしても彼らが孫四郎を道案内として先導させておらねば、如何に道があったとしても恐らく山中で遭難していただろう。

「これで、子孫であることを信じてもらえますな?」

 念を押す孫四郎、の中の人。それに対して宗続はまだ信じられぬのか、こう返した。

「……まあ、よかろう。この策が成ったら少なくとも"敵ではない"ことを信じようではないか」

 未だ、子孫であることは勿論人間であることも信じられないのか、とはいえ到底敵対者とは言い難い態度をとり続けることを考慮し、信用はしてやろう、という態度の宗続。それを見て孫四郎の中の人物は悲しそうな瞳をした後に、こう宣言した。

「……そうですか……。ではそろそろ下山致しまする」

「おう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ