第悟(5)章:有馬の変 04
「……仕方、ありませぬな」
白い毛も混じったひげをさわりながら思案し、白状する豊武。本来ならば身内にも秘密にしておきたかった作戦であったが、この場を説得するためには、秘匿情報を話すこともやむを得ぬ措置であった。
「兄上が、赤松政則の所在地を突き止め申した。万一忍びに聞かれたら水泡に帰するため口止めされており、詳しい話は言えませぬが……」
「ほう」
豊遠の瞳に、焔が宿った。自身の嫡男である宗続が、嫡孫の政忠にすらも報せずに作戦行動をしていることに何らかの感慨深さを感じたこともあったが、この作戦を成功したならば垣屋家は、恐らく山名惣領家より何らかの形でさらに優遇される未来が見えたことも、その胸中には存在したようだ。
「なんと、父上もお人が悪い……。それがし、斯様な策を聞いておりませなんだぞ」
思わず、驚く政忠。父である宗続より何の情報も聞いていないことに、聊か憤慨しそうになったが、父が策の出所であると思っていたのか、後に孫四郎が出所であると知るまではその感情をなんとか堪えていた。
「しっ、声が高い。……そういうわけで、秘匿にしたく存じます。宜しゅう御座いますか、父上」
斯くて、宗続の単独行動という形で豊遠は宗続が作戦を完遂するまでの間、蔭木にて三木城兵だけではなく、赤松惣領家の目をも引きつける必要性が存在することとなった。
「やむを得ん、な。……豊武、引き続きその策、胸中にしまっておけ。しかしそういうことであれば、尚更にこの蔭木を動くわけにもいかんな」
豊遠の言い分を解りやすく紐解くと以下の通りだ。
垣屋宗続は策で赤松政則を討ち取ろうとしている→宗続が行っている隠密作戦を成功裡に導くためには囮が必要であろう→だったら自分たちがこの蔭木を敢えて動かずに三木を派手に攻めた方が目眩ましになる
……単純だが、効果的な策であった。少なくとも、豊遠達が蔭木を動かぬことによって、赤松政則はますます油断するだろう。そこを、宗続が衝く。……成功率は、更に上がること請け合いであった。
「……そうなりますか」
敢えて、肯定とも否定ともとれぬ返事をする豊武。無論それは彼自身、眼前の父親がそのあいまいな返事を理解できるだけの脳を持っていることを信じてのものであり、その「父親」も当然それを読み取れた。だが……。
「とはいえ、申したいことは解った。……皆のもの、三木を「威勢良く」攻めよ。多少は被害も出るだろうが、あくまで「力攻め」を行え」
表面上は、「解っていない」といえるかも知れないが、彼は嫡子豊武の「異見」を読んだ上で、「派手なだけで効果の薄い」力攻めを敢行することにした。それは即ち、堅城を力攻めすることによって敵の注意を引きつけ、更に味方にも派手な戦働きを見せつける、いわば「攻める」という行為に意味のある行動であった。……だが、彼にも予想していなかったことがある。それは……。
「……父上……」
「……真剣に行わねば、伝わらぬ策略もあるでな。よく言うであろう、「敵を騙すには先ず味方から」と」
……斯くて、三木城を我攻めで落城させようという、派手なだけで本来なら下策とされる行動を敢えて取ることによる陽動作戦、通称「三木の陣」が始まった。一説には、この「三木の陣」を以て「第二次光明寺合戦」が始まった、と提唱する学者も存在するという。
「……畏まりました。然らば」
そして、豊武は密かに自身の手勢を宗続に物見や伝令として送り込むことにした。無論それは、蔭木:三木間の兵力比もさることながら、本命は其方だからだ。
「おう」
……そして、いよいよ後世にも太字の情報で伝わる、「有馬の変」、即ち垣屋続成の初陣が始まった……。