第壹(1)章:神童麒麟児
「……さて、これで良いのだな? 孫四郎」
眼前の幼子に対して、幼名で呼んだとはいえ自身の幼子ではなくある種の他人行儀で接する宗続。それに対して、眼前の幼子は年齢に似合わぬ知性の宿った瞳で返答し始めた。
「はい。赤松惣領家当主、政則は文明十七年閏三月に於いて、父上達が籠もる小野市蔭木城を急襲し、残念ながら父上達はそこで息絶えます」
それは、到底三つ子程度の幼子が行った返答とは言い難かった。知性の宿ったその瞳には、一端の軍配師並の意見が言える程度には知恵の回る「神童」、「麒麟児」が存在していた。そして、その返答の内容は、如何にも恐ろしいものであった。だが、宗続はそれに対して恐れもせずに、次のように言い放った。
「いいだろう、戯言とはいえ自身の死を告げられた以上、恐れはせずともそれを躱す必要はある。……本当に政則ずれは播磨に帰ってきておるのだろうな?――惣領閣下にも告げた以上最早言い逃れは出来んぞ」
自身に告げられた死の宣告に対して、恐れもせずに、逆に眼前の幼子――孫四郎へ脅すように告げる宗続。眼前の孫四郎という幼子は宗続の正室が生んだ、いわば嫡子ではあるものの、正室が子を産んだのは三度目であり、少なくとも彼には長兄、後の号である垣屋孫伯が一番有名か、が存在していた。そしてそれは、孫四郎という人間の立場が必ずしも安泰ではないことと、同時に安泰ではない分孫四郎という人間にはある程度の自由度が与えられていることを意味していた。
宗続の腹の内ではいかな嫡子とはいえ、いつでも捨てて構わぬ存在にして、多少不気味ではあろうがその「捨てても構わぬ」存在が少しはものの役に立つとあっては、使い潰すことを前提としてとはいえ役に立つ間は使ってやろう、そう思って接していたようだった。そしてそれは孫四郎にとって――そして後の日本文明圏にとっては――非常に運の良い選択肢であった。
これが、家督を継ぐべき嫡男であった場合また別の反応をしたのかも知れないが、正室腹の嫡子であっても嫡男ではないという微妙な立場であることもあって、宗続は孫四郎という異分子を「役に立つ駒」として扱った。……彼にとって、それが大きな運命の転機となったことを、この当時の彼は知る由もなかった。
「ああ、それならば間違いありませぬ。播磨、より正確に言えば摂津は有馬郡にて、細川政元に匿われていた赤松政則は京を十月に出て、文明十七年閏三月に我々を小野市にて反撃するまでの間、湯治旅行と称した反撃準備を行っておりまする」
そして、その生まれから父親に疎まれているとも知らぬ孫四郎は、あるいは知っていて歓心を買うために話した可能性もあるが、文明十六年に赤松政則が何処で越年をするかを完全に的中させた。言うまでも無くそれは正しく未来予知であった。来年の閏三月とまで予言した孫四郎は、正しく非常の人であった。しかし、未だその情報を信じることの出来ぬ宗続にとっては更に重ねてこう聞くことにした。
「……本当か。本当だとして、それを何処で知った」
「翠竹真如集。赤松びいきの記録者が赤松家の事情について記録している以上、嘘偽りは無意味な勘ぐりかと思われまする」
「……然様か」
……そろそろ察した方もいらっしゃるだろうから白状しよう。この孫四郎という幼子、なんと平成からの転生者であった。何故、時間を遡ったこの時期に転生したのかは定かではないが、彼は若くして心臓の病によって死した続成の、正確には続成ではなく聖忠ら駿河守家のだが、子孫であり、更に言えば一度「垣屋続成」という生を迎えて終えた人物の呼び寄せによって「垣屋孫四郎」に降り立った、後に伝わる処の「軍神富良東大権現」であった。その「軍神」、富良東大権現が孫四郎の体を借りて答えているのが現状である。よく、宗続が嚇怒しなかったと思うが、先程述べたとおり宗続にとって孫四郎は文字通り四男であり、本来ならば捨てても構わぬ存在とも言えると同時に、その「捨てても構わぬ」駒がものの役に立つとあっては、何れ継がせる嫡男に宿ったのではなく同じく正室が産んだ嫡子であっても、あるいは側室が作った庶子であるならば余計に、嫡男のために使い潰せるとも言えた。そして、この時代はまだまだ神仏が深く信じられていた時代である、神懸かりか狐憑きかによって扱いは違ったが、孫四郎は運良く神懸かりとして認められた経緯もあって体よく重宝がられていた。とはいえ、「軍神富良東大権現」と称されたのは後の功績によるものであり、この当時はまだ「神童麒麟児」と呼ばれていた。
文明十六年、冬のある日。孫四郎こと後の垣屋続成はいつものように星を見ていた。
そんな折である、父である宗続は尋ねた。赤松を暗殺できるか、と。
そして、彼は策を紡ぎ出した。遙か彼方のはずのその命を探り当てるために。
かくて播磨を奪還するため、彼は歩き出した。
それでは次回、「有馬の変」の第壱回目となります。ご笑覧戴ければ、幸甚の限りにて。