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Appleー令和斬妖忌憚ー【完結済】  作者: まさひろ
第壱章 日本刀を携えた少女
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敵襲 弐

 からころと下駄の音を奏でながら新宿を歩く和装の女性がひとり。

 彼女は、迷惑条例など知ったこっちゃないとばかりに優雅にキセルを吹かせていたが、その姿があまりにも絵になるためか、誰もその行為をとがめるものはいなかった。


 だが、その優雅な足取りはぴたりと止まる。


「なんじゃ? 儂になんぞ用かのう?」


 女性――松山の前に現れたのは、一人の女性とそれに付き添う数人のスーツ姿の男性だった。


「ええ、ちょっとお尋ねしたいことがありまして」


 その女性――コペラ幹部である河口は営業スマイルを浮かべつつ、懐から一枚の写真を取り出した。


「この少女に見覚えはないでしょうか? 施設から家出してしまい捜索中なのですが」


 そこに映っているのは見知った少女――如月いちごの姿だった。

 それを一べつした松山は、大仰に目を見開いた挙句――


「さて? とーんと心当たりはないのう?」


 と、誰もが分かるほどわざとらしくとぼけて見せた。


「……隠し立てしても貴女の為にはなりませんよ?」


 河口は営業スマイルを取り外し、冷たい目で睨みつける。


「かかか。そうすごんで見せるでない。おっかなくてたまらんわ」


 松山はそう言い、羽織の袖で口元を隠し可笑しそうに笑う。

 そのふざけた態度に河口が業を煮やしそうになった時、彼女の隣に立つ男が一歩前に出た。


「ふん。おふざけはそこまでにしてもらおう」

「んー? 儂のどこがふざけているというのかのう?」


 長身肉厚の男に見降ろされる松山だったがその態度は変わりもせず、いや、むしろこの状況を楽しんでいるかのように、ニヤニヤと笑いながらそう言った。


「はっ、この三下妖怪め、昨日の細工、貴様の仕業だという事は既に分かっている」

「んー? 妖怪ー? はてさて? この現代日本にそんなものが残っておると?」


 男にすごまれても、松山はわざとらしく小首をかしげそう答える。


「下手な芝居はよすんだな、妖気の加減も出来ない間抜けが。

 それだけ妖気を垂れ流して置きながら、言い逃れなど出来ぬと知れ」


 男はそう言い、さらに一歩前に出る。

 それが目と鼻の先まで来た時、松山の笑みが変わる。


「かか。かかかかか」


 やや伏せ、前髪によって隠された顔は口元がうっすらと見えるのみ。


「かかかかかかかか」

「なっ、何が可笑しい!」


 一変した雰囲気に異常を悟った男は、だがしかしそれ以上前に出ることが出来ないでいた。

 否、前だけではない。前後左右、それどころか指一本すら動かすことが敵わなくなっていた。


「朝から釣りをして、ようやっと釣れたのが人間1匹と妖10匹か」

「⁉」


 その言葉に、男はもちろん、河口も、そして陰から包囲していた者たちもビクリと背筋を震わせた。


「き……貴様、いったい⁉」

「かかかかか。貴様ら如き三下程度に名乗るような名は持っちょらんわ」


 前髪の影に隠れた口元が大きくさける。

 そこから覗くのは鋭く生えた(まが)つ牙。


「ひっ⁉」


 河口は声にならない悲鳴を上げる。

 コペラの幹部として選ばれて数年。|自分の横に立つような存在あやかしとはそれなりの付き合いはある。

 だが、自分の目の前にあるモノが、彼らとはレベルが違う存在であることは魂で理解できた。


「かかかかか。りんごの奴めは人間にはなるべく手出しせぬよう心がけておる用じゃがの?

 儂にその様な心遣い……期待するでないぞ?」


 ニヤリと弧を描く三日月口がそう嗤う。


「う……があああああああ!」


 全身全霊を持って戒めを解き放った男が決死の覚悟で拳を振るった。



 ★



 火前坊は雄たけびを上げながら襲い掛かる。

 話によれば小娘の(よわい)は高々十と七。

 己に比べれば赤子以下の存在だ。

 火炎が通じなかった手妻(てづま)は不明だが、

 それならば力で叩き潰せば良いだけの話。

 小娘までの距離は十間もない、

 己ならば一足一刀の間合いに等しいもの。


   

    目の前の(まがつ)に向け拳を振るう。

    これを逃せば自分の命はない。

    それだけは確実にわかる。

    一撃必殺。

    それ以外に自分の助かる術はない。



 小娘は目と鼻の先。

 得物を構えようともせず直立不動。

 ただ、その眼だけが己を射殺さんばかりに睨みつけてくる。



    (まがつ)はただ不吉な笑みを浮かべるだけ。

    拳を振り上げ振り下ろす。

    それで(まがつ)の頭部は砕ける。



「遅い」

    「(のろ)いのう」



 火前坊は自分の背後からその声が聞こえた。

 その事に疑問を抱く前にくるくると景色が廻る。

 くるくるくるくる。

 天は地となり地は天となる。

 やがてそれは固い何かにぶつかった。

 それが屋上のコンクリートだと気が付いた時。

 彼の存在は霧散した。



    拳が(まがつ)の頭部を捕らえる。

    だがそれは自身が作り出した幻影だった。

    (まがつ)は優雅に膝を曲げ、地面をこつんとキセルで弾く。

    それだけ。

    それだけで、地面は砂糖菓子のように粉々に砕け散った。

    その地割れに素直に飲み込まれた仲間は幸いだった。

    不幸なのは落ち損ねた者たちだった。


   「ひっ⁉」


    奈落の底より無数の黒い手が伸び上がってくる。


   「くっ! 来るな⁉」


    それは建御雷神が如き剛力でもって、容易く体を握りつぶした。


   「―――――⁉」


    得物を掴んだ黒い手はするすると奈落へと引き返していく。

    その場に残ったのは一体の(まがつ)だけだった。



 ★



「はぁ、鬱陶しい」


 りんごは刀を袋に入れると、それを背負いなおして何事もなかったように監視を再開した。

 色々と外れてしまったが、一応戸籍は残っている身……の筈だ。

 となれば、警察沙汰は少々面倒くさい。

 普通の人間がいくら束になってかかってこようが物の数ではないが、買い物一つまともにできなくなるのは多少不便である。

 勿論、いざと言う時はためらうつもりなど毛頭ないのだが。


 そんな風なことを頭の隅で考えつつ、枝から落ちた林檎はコロコロと転がり続ける、重力ではなく自分の意志で。



 ★



「まぁこんなものかのう」


 松山はそう呟くと、さらりと立ち上がった。

 彼女の前に広がるのはひび割れ崩れ落ちた大地――ではなく、先ほどと全く変わらぬ日常風景だった。


 いや、違うものがただ一つ。

 彼女の足元には、地面に横たわる一人の女性。


「かかか。幻術じゃよ」


 そう言い松山はニヤリと嗤う。


「殺しはせんさ。殺しはな」


 松山はそう言ったきり興味を失ったようにカラカラと下駄の音を鳴らして歩き出した。

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