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「ふっ、よいか? ガキ? そも鬼とは、逃げるを知らず、恐るるを知らず、己が暴に任せてぇえええ⁉」


 訳知り顔で講釈を行っていた茨城童子は、顔面に向かってきた爪を寸前で回避する。


「きさっ! 待た! ちょ! まっ!」


 豪風と共に振るわれる金の鬼の腕を、茨城童子は必死の形相でかわし続ける。


「この! 壱の(かいな)! 捻じれ穿つ鋼の手槍(らせんてっこう)


 茨城童子の叫びと共に、一本の義手の手首より先が高速回転を行い――


「……おろ?」


 だが、その回転は途中で金の鬼に握りつぶされる。


「ちょ! ちょちょちょ!」

 

 金の鬼は、半壊した茨城童子の義手の一本をぐいと引き寄せ、そのまま童子の顔面を殴り飛ばした、思い切り打ち込まれた童子は毬の様に一直線に吹き飛んで行き派手な音を立て瓦礫の山の一部となる。


「ぐっ……この、少しは先達を敬――危なッ⁉」


 瓦礫の山から起き上がりかけた童子へ金の鬼はミサイルのような勢いで突進してくる。

 童子はそれを寸でかわし、素早く距離を取った。


 猪突猛進、直往邁進。

 金の鬼は一切の小細工抜きでただひたすらにその剛腕を振るう。

 それに対して童子は、ちょこまかと攻撃をかわし続ける。


 轟と金の鬼の腕が横薙ぎに振るわれる。


「ほっ!」


 茨城童子はその下を転がるようにしてかわし――


 パパパと乾いた音が鳴り響く。


 金の鬼の腕を回避した茨城童子の左手には、硝煙が曇る拳銃が握られていた。


「かかか。まさか卑怯とは言うまいな? 短筒は現代における刀と同じ、鬼が使ってはいかぬ道理はないじゃ――」


 グルと、金の鬼は全く負傷した様子を見せず、赤く染まった目を見せる。


「あほか! この銃弾は我特性の対妖弾じゃぞ⁉ なんで無傷――危なッ⁉」


 再び突進してきた金の鬼は目の前に放り投げられた拳銃を反射的に粉砕する。

 バンと派手な音がして、マガジンに装填されていた残弾が暴発した。

 茨城童子はその隙にまた少し距離を取り――


「こいつはどうじゃ! 弐の(かいな)!」 


 茨城童子の叫びと共に、義手の一つの手首が伸びガシリと金の鬼の腕をつかむ、そして――


臓腑腐らす呪いの雷(からいてんきどくおう)!」


 目もくらむ電撃が金の鬼へと放たれる。

 茨城童子の妖術と現代技術が合わさったテーザーガン。人間用のものなど比較にもならない威力であるが――


「があああああ!」

「のわああああ⁉」


 金の鬼は電撃など意に介さず、敵と己をつなぐワイヤーを握りしめ、それを大きく振り回した。


「くっ! 緊急離脱!」


 茨城童子は肩口より敵と繋がった義手を切り離し、そのままの勢いで宙へと舞う。


「あほか! やってられるか! 撤退じゃ撤退!」


 矢のような勢いで飛ぶ茨城童子、だが金の鬼はその後を真っすぐについてくる。


「何じゃなんじゃアイツは! ありえんじゃろ! 生まれたばかりのひよっこの癖に、酒吞を思わせる理不尽さではないか⁉」


 ポンポンと、ピンボールのように廃墟の街を駆け抜けながら、茨城童子は背後の敵を分析する。

 鬼化転生は、人の想いがその器を超え鬼へと堕ちる現象だ。恨み憎しみと言った負の情念をエネルギーへと変換し、それを用いて存在を変化させる現象ともいえる。


(故に、あ奴ひとりの情念であの力はあり得ない)


 今まで打ち込んできた攻撃は、中級の妖怪程度ならば難なく滅ぼすことのできる攻撃だ。

 にもかかわらず、それらの一切が通用しない。相手が生まれたばかりの妖怪であることを考えれば、異常と言っていい事態だ。

 敵の強さは、茨城童子が知る限り最も強い鬼である酒吞童子にあるいは匹敵するのではないかと思わせるほどのものだった。


(故に、あ奴ひとりの情念ではないという事じゃ)


 茨城童子は江崎から受けた状況説明を思い出す。

 自分を追う金の鬼は、九尾の狐の配下である、とある一派の旗頭であったこと。

 その一派は日本中に影響力を持っていたこと。


(故に、あ奴の内には幾千幾万の情念が積もっておったという事じゃな)


 コペラ代表として、女性保護活動の広告塔として働いてきた雪代。彼女が今振るう力は、そんな彼女に向けられてきた様々な思いを、彼女は無視することなく全てその内にため込んできた事を意味していた。


(はっ、難儀な事じゃな)


 茨城童子はそう思い苦笑いを浮かべる。

 配下の勝手な希望など知ったことではない、そんなものは無視すればいい。

 だが、目の前の敵はそうしなかった。

 そうしてため込んだ情念と、九尾の狐の毒が反応し鬼化転生が生じてしまったのだ。


「じゃが……。

 まぁ我が認めよう、お主はまごうこと無き鬼じゃ」


 茨城童子はチラリと背後を振り返りそう呟く。

 怒りと憎しみに塗りつぶされ、本能のままに力を振るう災いの化身。それの何と鬼らしい事であるか。


「そうじゃな。鬼とはそういうものじゃ。逃げるを知らず、恐るるを知らず、己が暴に任せて荒れ狂う力の化身。

 ああ、我が見て来た奴等と同じじゃ」


 脳裏に浮かぶかつての大江山。

 そも茨城童子自身はそう大した力を持つ鬼ではない。中の上、よくて上の下と言った存在だ。隠神刑部や酒吞童子などの上澄みに比べると数段劣る妖怪でしかない。


「かかか。そうさな、我が得意とするのは殺すことでも盗むことでもない。我が最も得意とするのは逃げる事じゃ」


 茨城童子はそうから笑いした後、静かにこう続けた。


「故に、あの山で生き残ったのは我ひとり。他はみな人間に討たれて消えていった」


 逃げるを得意とし、情にもろく気配りも行う。

 最も鬼らしくない鬼ゆえに、今の世まで生き残ってしまった規格外の存在。

 それが茨城童子と言う鬼だった。


「そうさな。我は中途半端な欠陥品じゃ」


 茨城童子は寂しそうに、あるいは懐かしそうにそう呟いた。



 ★



 敵の猛攻をかわしながら、茨城童子は天性の逃げ足でもって瓦礫の街を懸けぬける。

 ぶつくさと何かを呟きながら逃げ回る事しばし、曲がり角をひとつ超え、ふたつ超え、繰り返す事数十か所。

 ポンポンと毬のように跳ね回り、広い十字路を駆け抜けて――


 ドンと金の鬼がその中心に進んだとき、十字路の四隅にあった自動車が爆散した。

 中心に向かって叩きつけられる衝撃波と爆炎。それらによって金の鬼の足がほんのわずかに停止する。


「やれ」


 茨城童子の静かな声に答えたのは、物陰から金の鬼へ向けられた十数の銃口だった。

 10kgを優に超す大型のライフルから放たれた特性弾は狙いたがわず金の鬼へと直撃する。


「ーーーーー!」


 四方八方から打ち込まれる銃弾に、金の鬼はその場に釘付けになる。


「じゃが、倒れんか」


 茨城童子はため息交じりにそう呟くと、最後に残った義手を金の鬼へと伸ばした。


「はっ。生まれたばかりのひよっこには少々贅沢な一撃じゃがな」


 茨城童子は義手の手のひらを金の鬼へと向け狙いを定める。


「参の(かいな)


 ガシャンと音を立て、義手が中心から左右に分かれる。

 その中心には、一本の棒状の物体があり、パリパリとそれを案内するように紫電が走る。


「|憎きあの小僧からの戦利品ひげきり!」


 茨城童子の叫びと共に、およそマッハ6の速度で源氏の宝刀は射出される。

 それは、偽物の腕をつかまされた腹いせに、茨城童子が後の世にこっそりと盗み返した天下に名高き斬妖刀。

 忍者の科学力と茨城童子の妖術を組み合わせたレールガンでもって放たれたそれは、金の鬼の芯を断ち切った。


「あ……ああ……」


 自らの存在の核を、あまたの名高き妖怪を打ち取ってきた刀で切り抜かれた金の鬼は、ゆっくりとその存在を霧散させていく。


「はっ、まぁこんなもんじゃて」


 射出の反動で最後の義手も粉砕した茨城童子は、腰に吊った鉈へと手を伸ばしながらゆっくりと金の鬼へと近づいていった。


「あ……あ……わた……しの……ゆ……め……」

「もうよい、夢は温もりの中でみるものじゃ」


 茨城童子はそう呟き、手にした鉈を一閃したのだった。 

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