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地獄

 時刻はちょうど正午を指し示す頃だった。

 晴れやかな小春日和の首都を襲った突然の大地震。

 ランチタイムという事で、オフィスから離れていた人は幸いにもビルの倒壊に巻き込まれずに済んだ。

 いや、果たしてそれが幸いと言えるだろうか?

 即死を逃れた人達を襲ったのは次なる脅威であった。

 過去の事例を考えると、災害に対しても比較的冷静に秩序を保つとされる日本であったが、そこで展開された光景はその真逆、火事場泥棒を働く者や暴行・強姦を働く者が溢れる畜生道の世界だった。

 血と嗤いに満たされた世界。

 それは震源地から漏れ出す九尾の狐の毒により徐々に広がっていく。





「く……」


 防衛戦を乗り越えたりんごは、突然の地震により全てが台無しになった事を知る。

 パラパラと崩れ落ちる周囲のビル群。事務所の周囲は結界により多少はマシだったが、それも多少程度の話、次の揺れが来れば全て終わってしまう事は確実であった。


「あの子……は……」


 と、りんごは重度のPTSDにより事務所から外に出ることのできない少女のことを思う。

 このまま事務所からでなければ、倒壊に巻き込まれての圧死は避けられない。

 それを考えれば、無理やりにでも連れ出すよりは他はない。


 さりとて――


 りんごはチラリと周囲を見渡す。

 そこに居るのは、理性をなくした獣の群れ。

 あからさまな異常は敵の攻撃によるものと判断できた。


「くそっ、陰でコソコソするのは止めたって事ね」


 九尾の狐の恐ろしさに関しては松山からよく聞いていた。

 だが、聞くと見るとでは大違い。たった一つの生命体がここまでの影響力を誇るなど想像の埒外であった。


(どうする?)


 と、りんごは歯嚙みをする。

 一刻も早く元凶である九尾の狐を倒すか。ひとまずは身内の安全を確保するか。


 そう焦るりんごの腕から少女の声が鳴り響いた。


『りんごさん! こっちは大丈夫です! りんごさんは早く霞ヶ関へ向かってください!』

「あんた……無事なの?」

『はい! なつめさんが護ってくれたのでサーバーは無事です! ですが、どこまでインフラが持つか分かりません! 早く!』


 その、少し見当外れの答えに、りんごは苦笑いを浮かべつつこう言った。


「了解したわ」


 そうしてりんごは一路東へと駆け出した。





 廃墟と化した首都を日本刀を携えた少女が駆け抜ける。

 目に映るのは、獣と化した人間と、それに混じる妖の群れ。

 此処こうなれば、人間に擬態する必要などありはしない。ヤツラの手下たちはその本性をむき出しにして遊興にふけっていた。

 妖に襲われる人間たちを横目に、りんごは首都を駆け抜ける。

 そして、霞ヶ関まであと少しと言ったところで、りんごの前に立ちふさがる影があった。


「……アンタは」


 周囲の人、そして妖たちが狂乱の宴を開いている中、その人影は一人静かにたたずんでいた。

 ブロンドの髪を風になびかせ、うっすらとした笑みを浮かべる女性は、周囲の風景を満足げに眺めつつこう言った。


「所詮は人間なんてこんなものです」


 獣性を隠そうともせず思うがままにふるまう人々。それはその女性――雪代が良く知る景色だった。


「他人の視線を気にして、普段は理性とやらで取り繕っては居ますが、一皮むけばこんなもの。所詮は人間も獣の一種に過ぎません」


 語るまでもない事実を改めて確認するように、雪代はため息交じりにそう言った。


「それで? 邪魔なのどいてくれない?」

「いえいえ、そう言う訳にはまいりません。だって、私が見たかったのはコレですもの」


 雪代はそう言ってニコニコと語る。


「それは高尚な趣味ね。けどそんなのに興味はないわ」


 自分の言葉を切り捨て先に進もうとするりんごへ、雪代は粘ついた視線でこう言った。


「貴方の事は良く知っていますわりんごさん。貴方も似たような地獄を見て来たのでしょう?」

「それが何? 見飽きたからもういらないってだけよ」

「そうですか残念です、でも私は違います。

 私を取り巻くのは、私をどう利用するか考えている権力者と、私に勝手な理想と希望を押し付ける弱者たち」


 どちらも自分勝手と言う度合では大差ない。

 雪代は静かにそう語る。


「あっそう。そりゃモテモテで良かったわね。で? アンタが私に何をできると?」


 目の前の存在は、何の力も持たないただの一般人でしかない、ここで問答をしていることさえバカらしい。

 りんごはそう切り替え、これ以上立ちふさがるなら腕の一本でも切り落とすかと判断――


「うふ。うふふふふ」

「――」


 雪代の静かな笑みに、ピクリとりんごの警戒心が反応した。


「……アンタ?」


 りんごは刀の柄に手を伸ばしながら声をかける。


「うふふふふ。ええ、これは私の望んだ光景。

 下らない理性を取り払い、下らない人間が、下らない争いの末滅び去る。

 ええ、これこそが、私が見たかったこの世の終わり。

 ええ、そうですわ。

 自分の地獄(ゆめ)は自分で守る、人間として当たり前の事ですわ」


 雪代だったナニカはそう言ってにっこりとほほ笑んだ。


「はん。まさか、今の世になってこれを見ることになるとはな」


 少し遅れてりんごに追いついてきた茨城童子は、ナニカの姿を見てそう漏らす。


「これ?」

「ああ、鬼化転生じゃ、強い想いを抱えた人が鬼に転じる。平安の世ではたまにあったんじゃがの。神秘薄い現代で見ることになるとは思わんかったぞ?」


 茨木童子は呆れた口調でそう言ったあと、ポンとりんごの背中を押した。


「まぁ、新参者への教育は先達の務め。ここは我に任せてお主は先に進むがよい」


 そう言ってつまらなそうな顔をする茨城童子をチラリと見たりんごは、改めて目の前の鬼へ視線を向ける。

 雪代と言う人間は党の昔にそこになく、あるのは金糸の如き髪が揺れる額から二本の角を伸ばし、柔らかく口角を上げる1体の鬼だった。


「……そう。任せたわ」

「おう! 任された!」


 りんごはその言葉を残し、素早くその場からかき消える。

 だが、金の鬼は黙ってそれを見送った。


「ほーう。追うそぶりもなしか?」


 茨城童子の問いかけに、金の鬼はクスクスと笑いながらこう言った。


「ええ、どのみちあの子に待ってるのは死だけですもの」


 クスクス、クスクスと金の鬼は愉快そうな笑いを漏らす。


「いえ! あの子だけじゃないわ! この国、いや! この世界に待っているのは死だけよ!」


 クスクスと言う笑いはケタケタと言う狂笑へ変わっていく。


「はん。多少はやるかと思いきや、狐の毒に魅入られておるではないか」


 茨城童子はそう言って落胆の色を隠そうともしない。

 だが、金の鬼はそんな様子など気にもせずにケタケタと笑い続ける。


「まぁよいわ。よちよち歩きのひよっこに、鬼と言うものがどういうものか教えてやろう。

 来やれや? ガキ」


 茨城童子はそう言ってニヤリと笑う。

 それを合図にか、金の鬼は狂笑を絶やさぬままに襲い掛かってきた。

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