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始まり

「さて、では次のネタだ」


 種村の置き土産が浸透したころを見計らい。江崎は自分のネタを投稿した。

 ネットの海に流されたのは1枚の名簿、それ自体では何の意味もないただの個人情報である。


「まぁ、多少はてこずったけど。蟻の一穴って言葉は真実だよねー。

 さて? 利権に群がる獣たちは、(ジャーナリスト)の牙を受け止められるかな?」


 江崎は意地悪な笑みを浮かべ、その続きを投稿する。

 1枚の名簿――いちごの記憶をもとに作成された名簿に紐づけされたのは、人身売買や臓器売買に関わる限りなく黒に近い資料だった。

 江崎が四方に手を伸ばし作成されたその資料からは、無機質なディスプレイ越しにでも血の匂いが漂ってくるような生々しさに満ちていた。


保護施設(ブラックボックス)の中身は、補助金とアングラマネーがごちゃ混ぜになったヘドロの海だ。

 そんな、この世の悪を煮詰めたような場所を作り上げた存在。

 その者の名は厚生労働事務次官・玉汐前

 その正体は、歴史に名高い伝説の妖怪、九尾の狐だ』


 そこまで打ち込んだ所で、江崎の指はピタリと止まる。

 これを投稿するのは世界に向けて宣戦布告を公表すること、その重みが江崎の指を戸惑わせる。


 そんな江崎に向け、いちごはこくりと頷いた。


「そうだね、今更な話さ」


 後戻りなど当の昔にできやしない。

 ここが最前線であり、引き返すには多数の骸を踏み越えていかなければならない。

 これを公表することでどんな混乱が巻き起ころうとも、散って行った者たちの想いを無視することなど出来るはずがない。


 江崎は覚悟を込めてエンターキーを押した。





「玉汐君! 玉汐君は居るか⁉」


 ドカドカと足音を立て、ノックもなしに乱暴に事務次官室のドアが開けられる。


「おや? 如何なさいましたか? 日本未来党・山下先生?」


 執務机でニヤニヤとパソコンを見ていた玉汐は、突然の来客にピクリと眉を動かした。


「どうしたではない⁉ なんだこれは⁉」


 山下は自分のスマートフォンを玉汐に押し付けるように差し出した。そこに表示されているのは、玉汐のパソコンに表示されているのと同じものだった。


「君が絶対に安全だというから私はこの件に加わったのだぞ⁉」

「あらあら、そう言えばそんなこともございましたね」


 激昂する山下へ、玉汐はニヤニヤと笑いながらそう言った。

 玉汐のディスプレイに示された資料には目につくところに山下の名前が記されている。


「どうする⁉ こんな物が表に出ては私はお終いだ!」


 そう言って顔を青くする山下へ、玉汐はため息交じりにこう言った。


「そんなもの、事実無根のデマだと訴えれば良いではございませんか。証拠の捏造程度ならば多少の手助けは行いますよ?」

「そんな簡単な物ではない! 政治家と言うものは人気商売だ! 一端つけられた悪質な印象は多少の事でぬぐえるものではない!」


 山下はそう叫びながら机を叩きつける。


「悪質な印象と申されましてもー」

「ソレが事実かどうかなどは問題ではない! 印象だ! 印象が大事なのだ!」


 どうせ愚民どもには事の真偽など分かりはしない。

 そんな意味が込められた言葉に、玉汐はニヤニヤと頬を緩ませる。


「まぁ、大丈夫ですわ。この情報社会ですもの。別の火種を燃え上がらせれば、こんな話題は直ぐに鎮火いたします。

 山下先生も選別を手伝っていただけますか?」


 あくまでも余裕たっぷりにそう語る玉汐に、山下は何故か落ち着きを取り戻す。

 そして、自分の事で一杯だった頭が整理されたためか、目の前の女にこう問いかけた。


「あー。所で、君が妖怪だとか言う話は何なのかね?」

「うふふふ。それこそ事実無根の言いがかりでございますわ。先生も意外と想像力が豊なのですね」

「しっ、失礼な。私だって空想と現実の区別ぐらいついておる」


 照れ隠しに口ごもる山下の耳へ、ドアがノックされる音が聞こえてくる。

 それに反応したのは玉汐だった。

 彼女は嬉々とした表情で椅子から立ち上がると、ドアへ向け声をかけた。


「あらあら鏡さん! 栃木出張お疲れ様でした!」


 ノックしたのが彼女の秘書だと、目の前の女は何故わかったのか?

 山下がそう疑問を抱く前にドアが開かれ包みを持つ女性が入室した。


「なん……」


 女は山下も良く知る玉汐の秘書だ。

 その女が包みをもって立っているだけ、ただそれだけなのに奇妙な違和感が室内を包み込んだ、ゴクリと山下は唾をのむ。


 ゆっくりと歩く女へ、玉汐は待ちきれないという感じで近寄っていく。

 何か、恐ろしいことが行われようとしている。

 その気持ちが胸の内より湧き出てきた山下が声を発しようとしたが――


「――」


 喉はカラカラと乾ききり、その奥から音は出なかった。


「いやー、道中お疲れさまでしたー」

「いえ、特に問題はございませんでした」


 そばに立つ山下を無視して、2体のナニカは会話を続ける。

 ここに居ては危険だ、一刻も早く立ち去らなければ。

 そう思う気持ちはあれど、山下はまるで蛇に睨まれた蛙のように、声を発するどころか指一本さえ動かすことが出来なかった。


「それにしても彼女は残念でしたねぇ。もう少しでお祭りが始まりましたのにー。

 まぁ、もとよりただの賑やかし。ワタシが居ればそれで事足りる事ではありますがー」


 部屋の主であるナニカは、訳の分からない事を言いつつ包みをほどく。

 そこから顔を見せたのは何枚ものお札が張られた一辺20㎝程の小箱だった。


「――」


 山下のカラカラと乾ききった喉はピシピシとひび割れていき、そこから血が流れ出していく。

 理屈ではなく本能が目の前の箱の危険性を訴えている。


「――」


 だが、血で潤った喉も声を発する事は叶わなかった。

 そんな人間など無視して、部屋の主は何のためらいもなくその封を解いた。


「――」


 箱の中にあったもの、それはこぶし大のナニカだった。

 それが視界に入ったと同時に、山下は恐怖によって立ったまま絶命した。

 だが、九尾の狐は路傍の石などに興味を抱かない、ナニカへ無造作に手を伸ばすと愉快そうにこう言った。


「はてさて、およそ千年ぶりの本調子ですわ。ちょっとばかり力の制御に失敗してもそこはまぁご愛敬という事で」


 そうして人体ではありえない大口を開けると、九尾の狐はナニカを丸のみにした。


 そして――大地が大きく揺れた。


 霞ヶ関を震源地とした地震は首都機能を一撃で麻痺させた。

 震源地となった地帯は一瞬にして瓦礫の山と化した。


 それは、産声を上げた邪悪に対する大地の悲鳴であったが、地を這う人間にとってそんなことは関係のないことだった。


 瓦礫の山やひび割れた道路の端から、生き延びた人間たちの苦痛にまみれた声が響いてくる。

 だが、それは次第に色を変えてくる。


 震源地よりもたらされたものは、物理的破壊だけではなかった。

 震源地よりナニカが漏れ出し、それは遮るもののない廃墟を広がっていく。


 ナニカ――それは九尾の狐よりあふれ出した邪気(どく)であった。

 その毒に侵された人間たちは、薄っぺらい理性など捨て去り本能のままに行動を開始した。


 ――地獄の始まりだった。

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