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嘘つき

「こちらの防衛拠点は2つ、この事務所とサーバーのあるビルだ」


『Step』リリース前の作戦会議にて、机に広げられた地図を前に江崎はそう語りだした。


「なにせこちらは少人数、それを2つに分けるのは愚策なのは当然だ。だが、これで行くより他はない」


 キーパーソンであるいちごはトラウマにより事務所の外へ出ることが出来ない。

 海外のサーバーを使用する案もあったが、有事の際に直行できる近場を選択した。


「かかか。何を恐るる事がある! この我がついておるのじゃぞ⁉ 全て我に――」

「アンタが行きなさい」


 茨木童子の発言を無視して、りんごはなつめへそう告げる。

 それを受けたなつめはキョトンとした顔をしてこう言った。


「へっ? ボクですか?」

「そうよ、こいつが戦力的にあてにならない以上、アンタ以外に選択肢はない」


 ギャーギャーと抗議の声を上げる茨城童子を無視して、りんごは話を進める。


「無理は言わないわ。今回サーバーが潰されたとしても、いちごさえ無事なら幾らでも再起できる。最低限の仕事をこなしてくれればいい」


 淡々ととそう言うりんごへ、なつめは曖昧な笑みを浮かべた。



 ★



「はっはっはー! どうしたどうした!」


 荒れ狂う暴の化身。

 天邪鬼は哄笑しながら、手当たり次第に獲物を放り投げる。

 音速の壁を越え飛来する乗用車などを、なつめは刃を失った薙刀で必死にさばき続ける。


「うっぐッ⁉」


 自分の背後にはサーバーが設置されているビルがある。

 多少の衝撃では倒壊することはないだろうが、音速で飛来する数トンの鉄塊の直撃などを考慮して建築されていないことは明らかだ。


「げひゃひゃひゃひゃ! 何時まで縮こまってるつもりだ!」


 天邪鬼はそう笑い、次の車両へと手を伸ばす。

 そこにあったのは10人以上が乗れる大型のワゴン車、彼女はそれを持ち上げ――


「ん?」


 違和感に、天邪鬼はチラリと自分が持ち上げたモノへと視線を向ける。

 持ち上げた車両の床面には、ナニカがびっしりとひしめいていた。


「――」


 天邪鬼が言葉を発する前に、ナニカは一斉に天邪鬼へと襲い掛かる。

 それは2つの鋭くとがった鋏を持つ妖。

 甲羅に怒れる人面を刻んだその名を平家蟹と言った。 


「うひっ……ひっひっ……。

 いっ、以前、提出した、データに、は、蟹さん、は、海、じゃない、と、集め、られない、って、書きました、けど……あれ、嘘っす」


 全身全霊をもって攻撃を捌き続けたなつめは息も絶え絶えにそう語り――


「ぎゃひゃひゃひゃひゃ! それでこそだ!」


 哄笑と共に、天邪鬼へと群がっていた平家蟹の群れは吹き飛ばされる。

 その下からは無傷の天邪鬼が姿を見せた。


「うひひひひ~。まぁそうっすよね~」


 とっておきの手ではあった。

 だが、自分より格の低い平家蟹では、天邪鬼へとダメージを与えられない事も想定の内ではあった。


(だけど……まぁ……)


 初手で決着をつける。

 そのプランが失敗した時点で、何をやっても無駄なのもまた想定の内ではあった。


「ぎゃひゃひゃひゃひゃ!」


 暴の化身が襲い掛かる。

 か細い防御などあっさりと吹き飛ばし、胸へと拳がめり込んだ。


 なつめはそのまま吹き飛ばされ、ビルの壁面へと大きなクレーターを作る。



 ★



「が……は……」


 手足がバラバラになるような衝撃。

 様々な幸運のおかげか五体ははじけ飛んでいないらしいが、痛みすら遠い意識では現状を把握できない。


(だめ……っす……か)


 失望はない。

 誰よりも自分自身が、自分に期待なんかしていない。


(まぁ……こんなもん……っすね)


 夢もない、希望もない、ただダラダラとその場しのぎで生きて来た。

 本気になった事なんて一度もない、本気で打ち込むことになんて出会えなかった。


(けど……)


 自らの全てを復讐の刃と化した少女がいた。


(けど……)


 ボロボロの心身で、何かをなそうと手を伸ばす少女がいた。


(けど……)


 その少女のために、笑って死ぬ人がいた。


(けど……)


 数年来、いや、生まれて初めてかもしれない涙が流れ落ちる。

 ぼろぼろ、ぼろぼろと止めどなく。


(だめ……なんすか……)


 本気で打ち込んできたことの無い自分が。


(だめ……なんすか……)


 嘘でまみれた人生を送ってきた自分が。


(今更……本気で何かをやろうとするなんて……手遅れだったってことっすか)


 失望など無い。

 最初から期待なんてしていない。

 相手は自分よりはるかに格上。

 ここまでやれただけで十分だ。


 そんな気持ちとは裏腹に、目からは止めどなく涙が零れ落ちる。


(そんな……虫のいい話……ボクには……)


 消え去りそうな意識の中で、心臓の鼓動だけはハッキリと聞こえてくる。


 ドクドク、ドクドク


(もう……十分……っす)


 生まれて初めて本気になった。

 だけど、それは無駄だった。


 ドクドク、ドクドク


 これはただそれだけの――


『かかか。諦めるのか?』


(⁉)


 聞こえて来た声に、意識が覚醒する。


『儂が見込んだのは、お主の生き汚さだったのじゃがのう?』


 その声は――


(あな……たは……)


『かかか。言ったじゃろ? それは『約束手形』じゃと』


 ドクン、と心臓が大きく拍動する。

 心臓から巡る血液はマグマのように燃え盛り、全身へと力を運ぶ。

 それは、自分にはない力。

 外付けの他人の力。

 あの時自分に埋め込まれた大妖怪の血液(のろい)の正体。



 ★



「ん?」


 壁のシミとなったナニカがピクリと動くのを見て天邪鬼は小さく眉根を寄せた。


「――」


 ナニカの周囲には莫大な妖気が巻き起こり――否、ナニカの内部より、それまで感じ得なかったナニカの妖気が溢れてくるのを感じた。


「ケケ」


 ポロポロと瓦礫を落としながらナニカはゆらりと立ち上がる。


「ケケケケ!」


 それを見た天邪鬼はニヤリと頬をゆがませる。


「第二ラウンド……開始ってことらしいっす。

 全く極悪非道なブラックっすよね~」


 なつめはへらへらとした笑みを浮かべてそう言った。


「ぎゃひゃひゃひゃひゃ! いいぜ! 最高だよ!

 あの狸婆とはやりあう機会がなかったんだ!

 ちょうどいい!」


 天邪鬼はそう言って一直線に襲い掛かる。


「うひひひひ~。せっかちっすねぇ。

 こっちは生き返ったばかりっすよ?

 ちょっと仕切りなおす時間をくださいっす」


 なつめはそう言ってキラリと目を光らせこう続けた。


「あの人の血が教えてくれたっす――

 広域異界結界狸囃子ふかきくらいもりのなか


 なつめがそう呟くと、周囲の景色が一変する。

 高層ビルが乱立する都会の風景は一転、どこまでも広がる深き暗い森の中へ。


「ちっ⁉」


 その変化に、天邪鬼はピタリと足を止める。

 自分の眼前に広がる広大な森、無数に乱立する木陰には、紅き目をらんらんと燃やし鋭い牙と爪を備えた無数の影、その全てから膨大な妖力が感じ取れた。


(どういうカラクリだ? あの狸婆の加護があったとしても、これだけの戦力を整えられるとは思えねぇ)


 影から感じ取れる妖力は、その一体一体が自分と同レベルのもの。

 隠神刑部本人なればそれも不思議ではないが、目の前の小娘にそれはあり得ない。

 天邪鬼はそう思いつつ、慎重に観察――


「……な?」


 天邪鬼は、自分の胸から生えた突起に視線を向ける。

 それは、鋭くとがった鋏だった。


「あ~。ボクに松山さんの術を完コピ出来る訳ないじゃないっすか~。これ全部、その隙を作るための幻術(うそ)っすよ。

 必要最低限の妖力でこれを作り上げ、残りの妖力は全てその蟹さんへの怨縛傀儡(マリオネット)に注ぎ込んだっす」


 なつめはへらへらとそう笑う。


「ケケ。テメェ」


 天邪鬼は心底愉快そうに頬をゆがませながら、自分の胸に生えた鋏へと手を伸ばし――


 バンと音を立て、平家蟹は爆散する。

 歴史に名高い大妖怪の妖力の一部を注ぎ込まれた平家蟹が、その圧力に耐え切れずに破裂したのだ。

 体内よりの爆破攻撃。

 その破壊力の前に、天邪鬼は砕け散る。


「うひ。うひひひ……ひ……」


 全ての力を使い果たした、なつめは糸の切れた人形のように地面に倒れ伏したのだった。

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