妖怪
雅宗院が用意した国内最高クラスのサーバーは号令を待ちわび静かなうなりを上げ、種村が繋いだ人脈により、海外が主であるが『Step』の噂は順調に広がっていた。
皆の思いと覚悟が込められたこのアプリを成功させるため、悲壮とも言える覚悟を抱いた少女は広告塔として全力を尽くした。
内にあふれる感情を押しこらえ、無垢で可憐な少女を演じ続ける。
だが、国内マスコミはこのアプリそしてその開発者であるいちごには一切触れることはなかった、それは明らかに恣意的なものだったが、そのおかげで国内においてはネット上でいちごがおもちゃにされる事も少なかった。
いちごを攻撃することは、必然的に『Step』の名を広めることにつながり、思うように動きが取れなかったのである。
しかし、目ざとい一部の者たちの間では海外で話題になっている『天才美少女日本人開発者』の名が静かに広まっていった。
そして機は熟した、ここに反撃の準備は整った。
「それでは、行きます」
いちごは緊張した面持ちでエンターキーに指を伸ばす。ディスプレイに表示されるのはシンプルな足跡を模したアイコン。
様々な思いが込められたアプリは静かに産声を上げた。
「よし、出だしは順調だ!」
画面に表示されるダウンロードカウンターを見て、江崎は小さくガッツポーズをする。
「ですが、やはり海外がメインですね」
サーバー別のグラフを見れば、ダウンロード先は海外が8割を超していた。ヤツラの妨害により、国内でのコマーシャルが徹底的に阻害されていた結果がありありと示されていた。
「まぁ、それは想定内。でも、人の口には戸が立てられないってわけさ」
江崎はそう言って、自分のアカウントを操作する。
そして、小さく息を吸って一言。
「他人のネタで勝負するのは趣味じゃないんだけどね」
そう苦笑いを浮かべエンターキー押した。
江崎の投稿したモノが画面に示される、一瞬の時を置き、それは指数関数的にPVを増加させていく。
その様子を見つつ、江崎は薄い笑みを浮かべた。
「種村さん秘蔵のとっておきのスキャンダルの数々だ、どれか一つのネタでも数年は食っていける特ダネの山。
さーて、これを無視できる様なご立派な人間は、僕らの業界には居やしない」
江崎は暗い笑みを浮かべつつ、次々と投稿を行っていく。
『ひゃっはー! グイグイ来てるぜグイグイッ!』
ディスプレイでスプーキーが舞い踊る。
カウンターの上昇は止まることを知らず、他のアプリへの引用も激増していく。
(ここまでは順調)
江崎はカウンターを睨みつけながらそう思い、チラリと此処には居ない人達を振り返る。
★
「――という訳だ、僕はこれを起爆剤として利用しようと思う」
兵は神速を貴ぶともいう、奇襲するなら最初から全力だ。
江崎は真剣な面持ちで目の前の3人へとそう言った。
「あっそ、私には大衆心理なんてものは分かんないからアンタに任せるわ」
と、そっけなく言うりんご。
「うひひひひ~。まぁボクの事もお気になさらず~。どうせもともと日陰者ですからね~」
と、ヘラヘラとそう笑うなつめ。
「かかか、主みたいな若造に心配されるほど我は落ちぶれちゃおらんわい」
と、カラカラ笑う茨木童子。
それを見て、江崎は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
★
「これが僕らの切り札だ。種村さん、貴方の生きた証、使わせていただきます」
そうして、一つの映像が投稿される。
世界中の注目を浴びるアカウントから提供されたそれは、一見すればただの特撮映画のPVじみたものだった。
暗い夜道で背後から襲い来る異形の怪物たち。CGやVFX技術の発達した現在では特に珍しくの何もないただの映像。
だが、それには言葉には言い表せないリアルがあった。目には映らない殺意が映し出されていた。人類が築き上げてきた常識では推し量れないナニカがあった。
そして、その映像の後に投稿されたのはこの一言だった。
『妖怪』
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