カウントダウン
東京の奥座敷と呼ばれる場所、そこに膨大な敷地面積を誇る邸宅があった。
その一室。高級な調度品に囲まれた寝室で、ベッドに横たわる老人とその傍に立つ一人の女がいた。
「はい、御前。計画は順調でございますわ」
そう言い、玉汐前――九尾の狐は柔らかな笑みを浮かべる。
「ええ、完成した被検体はおよそ千。ご存じの通り一騎当千、万夫不当の兵なれば、御前の望みは叶いましょう」
そこまで言って九尾の狐はささやく様にこう言った。
「ですが……大日本帝国再興計画。それが御前の本当の望みでございましょうか?」
老人の耳へと優しくしみ込むその言葉。
「ええ、御前の忠誠心はワタシもよく知っておりますわ。
ですが、今の帝にそこまでの器はございますでしょうか?」
ゆっくりと注ぎ込まれる甘い毒。
「御前の器と我らの作った被検体。それらが合わされば、かつての帝国を再建するに留まらず、新たな国を興すことも容易き事でございます」
老人の柔らかな部分へ、少しずつ少しずつその毒はしみ込んでいく。
「貴方様は王となる器でございます。
上辺だけの今の帝とは違い、内実を伴った真なる王。
貴方様のなさるべきことは、真にこの国のためにすべきことは」
九尾の狐は優雅に微笑みこうささやく。
「新なる国を興すことではございませんか?」
★
邸宅の駐車場に止めてある車へ乗り込んだ九尾の狐を迎えたのはケタケタと笑う芳賀――天邪鬼であった。
「いよー大将。アンタもホントマメだねぇ。一体いつまであの爺で遊んでるつもりなんだ?」
「あらあら、まったく口が悪いですねぇ、あの方はワタシの計画の最大のスポンサーですよ? 最後まで大事に扱うに決まっているじゃありませんか」
「そう言ってもよー。残すは那須の石だけなんだろー? 別にもう要らんだろあれ?」
「うーん。まぁそれもそうなんですが。あれ、結界の集大成だけあってもう少し時間が必要なんですよねー」
「で? その暇つぶしってわけか?」
「まぁ趣味と実益を兼ねると言った所ですかね?
ほら、ワタシっていわゆる傾国の女ではないですか。
表に立つのは殿方にお任せし、ワタシは奥ゆかしく陰に隠れる。
様式美って奴ですよ」
「けけけけけ。まったく酔狂な存在だよアンタは」
そう言って天邪鬼は愉快気に笑ってこう続ける。
「まぁ、アンタ程の万能ならばそれ位がちょうどいい塩梅ってのは良く分かるさ。
実際そうだろ? アンタ今の不自由な体を楽しんでるだろ?
万能とはすなわち全てが無価値ってこった。なんせなんでも出来ちまうからな
けけけけ。いやーあの天下の大妖怪である九尾の狐様が、必至に机にしがみついて法案作りしてるなんて端から見たら大爆笑もんだったぜ」
天邪鬼はそう言って大笑いする。
それに対して九尾の狐は苦笑いしながらこう言った。
「まぁ、それは否定はしませんわ。ワタシが全盛期の力を取り戻せばソレに抗えるものは極一握りの逸脱者のみ。神秘の薄れた今ならなおさらでしょう。
だからこそ、能力が制限された状態での遊びは工夫のし甲斐があったのですがねぇ」
九尾の狐はそう言って悩まし気に小首をかしげる。
「けけけ。大将の遊びに付き合わされたこの国はご愁傷様って所だな」
「んー。けどまぁ、昔と違って今は一人の絶対権力者が統治しているってわけじゃないですからねぇ。ひとりふたりを染めてもなんやかんやで排除されてしまいます。だからこそ、あの老人に矢面に立っていただくつもりなのですが」
「けけけ。まぁそりゃそうだ、けど、あの爺その前にくたばっちまうんじゃねぇの?」
「そうなんですよねー。おかげで毒を注ぐときも細心の注意をしなければいけません。
けど、まぁ、そうなったとしても後継者的な方は選り取り見取りですし問題はありませんけどね」
「はん。保険はしっかり用意してるって事か」
「まぁ、それは当然ですわ」
あっさりとそう言う九尾の狐へ天邪鬼はこう問いかける。
「まぁいいや。んで? この国はもう大体終わりだろ? こっから先どう遊ぶつもりだ?」
あと少しで九尾の狐の封印は完全に解ける。そうなれば暴でもって破壊の限りを尽くしてもいい、それとも今の路線のまま完全に毒を行きわたらせてもいい。どちらにしても全て終わりだ。
「んーそうですねぇ。まぁワタシとしてはどちらでもいいんですがー」
そう言って九尾の狐は小首をかしげた後こう続けた。
「そうですね、やはりワタシとしては陰で操る方が好みですね」
九尾の狐はそう言ってにっこりと笑う。
「んじゃ? 今のままか?」
「ええそうですね。基本的には今のままです。厄介な獣も姿を消しましたし、ここは初志貫徹という事で」
「となるとアレか?」
「そうですわね。貴女に頼んでいる事案はどうなっています?」
「ああ、順調だぜ。平和を愛する市民様は全力で用心棒様を遠ざける遊びに夢中だぜ」
天邪鬼はそう言ってケタケタ笑う。
「それは何より。現代の政は仕分けがしっかりしてますからね、ワタシの方から直接的に手を出せない以上、市民の皆様に頑張っていただかないと」
九尾の狐は満足げに頷くとこう続ける。
「あの国はこの国の後ろ盾です。そことの関係が揺らげば大きな隙が生まれます。ワタシの古巣はそれを見逃すような間抜けではないでしょう」
「けけけ。そうすれば――」
「ええ、戦が起こります。この国は戦火に包まれますわ」
九尾の狐はにっこりとそう笑う。
「そんで、ヤツラの出番ってわけか」
「そうですね。お人形達をあの国へと送り込み混乱を引き起こします。あの国はまだ幼若です、911とやらの傷は深く魂へと刻み込まれている。自分の体が血を流すことに慣れていないのです」
「となれば、はるか遠い海の向こうの戦まで手は回らねぇって事か」
「はい。極東の戦は泥沼の戦となる。
そしてあの国は現代社会における要石です、そこが揺らげばどうなるか?
当然の話です、あの国へと不満を持っていた国からあちこちで火の手が上がる」
「そしてそれは世界中へと広がっていくってか?」
「はい。この星は悲鳴と怨嗟の声で包まれます。楽しい楽しい第三次大戦の始まりです」
九尾の狐は満面の笑みでそう語ったのだった。
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