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Appleー令和斬妖忌憚ー【完結済】  作者: まさひろ
第伍章 新たな戦い
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嘘つきは同族の始まり

(よし、とりあえずの脅威は排除)


 瞬きの間に10体の妖を切り捨てたなつめは警戒を解くことなく、ニヤニヤと自分を眺めている芳賀を見つめる。


(さて、ここからどうやって逃げるか……っすが~)


 相手はあの九尾の狐が右腕としてそばに置いていた重要人物。とてもではないが自分程度では歯が立たない。


(勝機があるとすれば、彼女は気分屋って事っすよね~)


 先ほどの発言でも分かるように、目の前の存在はエンターテインメントを重視している……らしい。ならば自分程度のモブキャラ相手に本気を出すことはないだろう。

 と、どうやって言いくるめようか思案していると、芳賀はケタケタと笑いながらこう言った。


「けけけ。いーじゃねぇか小娘。上出来だ」

「うひひひひ。いや~それはどうも~」


 何をかは知らないが、自分の行動がお気に召したらしいので、なつめは素直に帰ろうとゆっくりと重心を後ろに向ける。


「まぁ待てよ小娘」

「うひっ」


 だが、そんな小細工は直ぐに見破られる。言葉の楔によってなつめは素直に退却を一時諦める。


「けけけ。まぁ大将が本格復帰するにあたりオレも使える手駒が欲しいところなんでな。

 どうだ小娘? オレが話をつけてやるからウチに戻ってこねぇか?」

「うひ?」

「どうした? そんなにおかしな話じゃねぇだろう?

 お前みてぇな存在にとっちゃ裏切りなんざ息するようなもんだろう。あんな先の見えねぇ馬鹿どもにつるんでても良いことはねぇぐらい、良く分かってんじゃねぇか?」

「うひ。うひひひひ」


 そんなものは考えるまでもない。

 ただでさえ単騎でも最強クラスの九尾の狐が国家を手駒にしているのだ、戦闘力の差は歴然である。

 だが……。


「うひひひひ。いや~そうしたいことろではあるんですがね~、ボクにも少し事情がございまして~」


 胸に巣くう隠神刑部の呪い。ソレがある限り、自分には逆らう道は残されていない。


「あーん? 事情だぁ?」

「うひひ。いや、ちょっとばかり、厄介なものを貰っちゃいまして~」


 提案を断られた芳賀がみるみる不機嫌になっていく様に、なつめはあっさりと白状する。


「けけけ。あのクソ狸の置き土産か!」


 他人の不幸は蜜の味とばかりに、一転して上機嫌になった芳賀へ、なつめはヘラヘラと苦笑いする。

 そんななつめは芳賀は愉快そうにこう言った。


「けけけ。まぁその程度オレが何とかしてやるさ。いつまでも律儀に従うこたぁねぇ」

「うひひひ。え~いや~。まぁそうではあるんですが~」

「あぁ? なんだ? オレの言葉が信じられねぇってのか?」

「うひ。うひひひひ。いや~まぁそうですね~」


 凄みを見せる芳賀に対して、なつめはそう言いよどむ。

 心の中に、何かが引っ掛かる。

 芳賀を信じるか信じないか、その問題を脇に置いたとしても……。

 いや、その問題こそが全てな筈だ。

 そう、考えるべきは自分のことだけ。

 他人などはどうでもいい。大事なのは自分だけ、それだけでいい筈なのだ。


(……まぁ、その自分自身の価値って奴が分かんないんっすけどね)


 なつめは心の中でそう静かに笑う。


「で? どうすんだ?」


 待たされることに飽きたのか、芳賀はイラつきを隠そうともせずにそう突きつける。


「うひ。うひひひ。いや~やっぱアナタのことは信じられないっすね~」


 その結論に、芳賀は興味深そうにこう尋ねる。


「んん? なんだ? オレの見込み違いだったか? お前のようなクズにはこっちの方が生きやすいと思ったんだがな?」

「うひひひ。いや~それは否定しようがないんですが~」


 と、なつめはヘラヘラと笑いながらこう言った。


「けど、アナタの正体、天邪鬼っすよね?」


 その一言に、ピタリと芳賀の動きが止まる。


「天邪鬼と言えばこの国における嘘つきの代名詞。その言葉を信じる勇気はボクにはないっすね~」


 ヘラヘラとそう言うなつめは、芳賀と言う名のナニカは獰猛な笑みを浮かべる。


「けけ。けけけけけけ。貴様、何処でソレにたどり着いた?」

「うひひひひ。いや~何処でって言われても~」


 なつめは生粋のゲーマーである、敵味方問わず自分の手の届く範囲のユニットのデータを収集するのは呼吸をするようなものだ。

 そんな彼女が自陣のボスの右腕について調べないという選択肢は存在しなかった。それだけの話である。


「けけ。けけけけけけけ! いいな! やっぱ良いよお前! 気に入った!」

「いや~。ボクはあくまでクソザコモブキャラAですので~」


 見る見るうちに上機嫌になっていく天邪鬼を前に、なつめは全力でへりくだる。

 天邪鬼。それは虚言をあやつり、人心を操作し、人の世に混乱を巻き起こす妖。

 その名は遥か昔から現代まで語られている現役の言葉である。それはすなわち天邪鬼の力が全く衰えていない事を意味していた。


(うひひひひ。つまりはどう逆立ちしてもボク程度には勝てっこないって事っすね~)


 少なく見積もっても隠神刑部と同格の妖。

 隠神刑部に手も足も出なかった自分には荷が勝ち過ぎると言うもの。


(こんな化け物の相手はりんごさんとかに押し付けたいところではあるんですか~)


 なつめはふわふわとそう現実逃避をしつつ、どうにかして逃げ出す算段を――


「けけけ。いいぜ。オレの正体を見切った褒美だ。ここは見逃してやるよ」

「うひ?」

「なーにそう驚く事じゃねぇ。オレはオメェら人間と違って同族嫌悪なんて感情は持っちゃいねぇ。同じ嘘つき同士、仲よくしようってこった」


 天邪鬼はそう言うと、言葉の通りあっさりと立ち去って行った。


「うひ。うひひひひ」


 十分に脅威が去ったことを確認したなつめは、へたり込みそうになるのを何とかこらえる。


(うひひひ。何が同族嫌悪ですか。アレとボクでは格が違いすぎる。そんなものはペットの犬猫が偶々人間の動作に似た行動をしたのを面白がってるようなものっす)


 シャツの背中をびっしょりと嫌な汗で湿らせつつ、なつめは何とか命を救った幸運にため息を吐く。


 そして、無事に事務所へと戻ったなつめは、帰りが遅かったことを問われたが――。


「うひひ。いや~ちょっと立ち読みできるコンビニがあったんで~」


 と、また一つ嘘をついたのだった。

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