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Appleー令和斬妖忌憚ー【完結済】  作者: まさひろ
第伍章 新たな戦い
34/52

バカばっか

 雅宗院の働きにより、『Step』リリースに向けた準備は急ピッチで進んでいった。

 それに伴い、いちごは寝る間も惜しんでパソコンにかじりつき、江崎はその補助と、いちごが残した名簿の裏取りを並行で進めなくてはならず、彼もまた寝る間もないほどの大忙しだった。

 そんな慌ただしい2人をよそに、事務所のソファーで横になり、ダラダラとソーシャルゲームに勤しむ生ごみ――もとい少女の姿があった。



 ★



「ふぁあああ~。いや~まったくいい小春日和ですねぇ」


 気が散るからどっか行ってこい、とばかりに買出しに出されたなつめは大あくびをしながらのんびりと新宿の街を歩いていた。


「さて。まぁお使いは終わりましたし~。後はちらっと本屋にでも寄って帰りますか~」


 最近は電子書籍ばかりだが、たまには物理本も良いものだ。

 呑気にそんな算段をしつつブラブラと歩を進める。

 の、途中で目に入ったコンビニにフラフラと引き寄せられたなつめは雑誌コーナーをチラリと眺める。

 そこで目についたとある週刊誌、その表紙を飾るのは見覚えのある人物の顔だった。


『コペラ再起への道』


 そんなタイトルと共に聖母の如き笑みを浮かべる雪代の姿。

 なつめは立ち読み防止の封がなされていない事をこれ幸いにと、ぺらぺらとページをめくる。


(ふ~ん。そう言うストーリーで行くんですか~)


 コペラの事務所が入っていたビルはりんごとかりんの戦いにより崩壊した。

 そのカバーストーリーとして選ばれたのはテロだった。


(まぁ、あれだけ派手にやらかしましたからね~。どうせ嘘をつくなら大胆についた方が逆にばれにくいもんですかね~)


 紙面に並ぶのはコペラの輝かしい業績の数々と、逆境に負けずひたむきに頑張る雪代の姿。それを飾るのは各界著名人たちの応援の言葉と、悪辣非道なテロに対する批判の声。勿論特集の最後には寄付を募る為の連作先も大きく記載されていた。


(うひひひひ。ど~せ一から十まで税金で建てたものでしょうに。どこまで焼け太りしたいんですかね~)


 ある程度の裏を知っているなつめは、そう皮肉気な笑みを浮かべる。


(にしても雪代さんですか~。まぁ元気でやってそうでなによりです~)


 まぁ、なつめと雪代の絡みと言えば、あの晩が最初で最後だ。

 別に彼女には何の思い入れもありはしない。

 否、なつめに思い入れのある存在などはいやしない。彼女にとっては全て平等に価値がない、勿論その最たる物としては彼女自身である。

 何事も適当に、何事もいい加減に、フラフラと風に流される雲のように。その場しのぎを続けながら生きていた。

 確固たる自分を持たず、断固たる決意などは程遠い。中道中庸などと言えば聞こえはいいが、どっちつかずの自堕落人間そのものだ。

 それを鑑みれば、何も考えないという事を考え続けて来た、と言えなくもない。

 そんなあやふやな人間が彼女だった。


(そうっすよ。まじめにやるなんて馬鹿らしい)


 なつめは心の中でそう愚痴る。

 彼女自身、まじめにやった結果何か不利益を被ったという訳ではないが、こればかりは生まれついた性質と言うより他はない。

 風に流され、坂道を転がり続け、たどり着いたのが今の場所。ただそれだけの話だった。


(そうっすよ。頑張ってもいいことなんて何もない)


 例えばとある少女。

 両親の仇を討つために全てを投げ出し、ボロ布のようになった少女。

 彼女は確かに仇を討てたのかもしれない。

 だが、それがいったい何になるのだろうか?

 仇を討てた結果得たものは、ささやかな自己満足。しかし、その際に負った負債によりそこで剣を置くことを許されず、次なる死地に行くことが決定している。

 その死地に付いた時、奇跡が二度起きると言う保証などどこにもない。十中八九危ういことになるだろう。もし、万が一、否、億が一、奇跡が二度起きたとしても、魂に染み付いた戦いの記憶は、彼女から生涯剣を手放す事は許されないであろうという事は想像に難くない。


 例えばとある少女。

 虐げられるだけのか弱き存在が、運命のいたずらにより戦う道が開けてしまった少女。

 心身ともに追い込まれ、風が吹けば倒れてしまうような薄っぺらい少女。

 だが、彼女は倒れずに戦う事を選んだ。否、倒れてもなお立ち上がることを選んだ。

 彼女が相対するのはこの世界では善としてもてはやされているものだ、必然的に世界の憎悪が、か弱き少女の肉をえぐり、骨を貫く事となる。それはまさに、一歩歩むごとに地から生えた棘が足を貫く針山地獄。


「そうっすよ。ボクは間違ってなんかいない」


 ポツリと呟きが口に出る。

 自分から進んで困難な道を選ぶなど愚行以外の何物でもない。

 どうせこの世に価値など無い。

 だったら、全ては死ぬまでの暇つぶし。

 グダグダ、ダラダラやりたいようにやって死ねばいい。


 だけど、そう。けど、だけど。


 少女たちは決して抗う事をやめようとしない。

 どれだけ血にまみれても、どれだけ傷ついても、歯を食いしばり、震える膝に力を込めて立ち上がる。


「な~んか、イラつくっすよね~」


 他人は他人、自分は自分。

 他人が何をやろうが関係ないし、興味もない。

 今までそうやって生きて来た、これからもそうやって生きていく。

 その筈だった。

 それでいい筈だった。

 自分らしくない、そんなことは分かっている。


 だけど、そう。けど、だけど。


 不快な気持ちがぐるぐると胸の中でとぐろを巻く。

 バカらしい、心の底からバカげている。

 全ては無駄で価値はない。

 それでいい、それでいい筈なのだ。


「全く、どいつもこいつもバカばっかっす。ねぇ? そう思うっすよね?」


 なつめはピタリと立ち止まり、そう言って周囲を見渡した。


「けけけ。裏切りもんが、良い風吹かせてるじゃねぇか」


 いつの間にかなつめの周囲を取り囲む、黒スーツの群れ。

 その中心に立つのは寝ぐせだらけのショートヘアに意地悪そうな笑みを浮かべた一人の女性であった。


「……ってマジっすか? アナタがここに?」

「ん? ああ、ちょっと暇が出来たもんでな」

「いやいや。アナタみたいな大物がわざわざ出向くようなキーパーソンじゃないっすよボクは?

 それとも……あの人は、そこまで彼女のことを重要視してるんですか? 芳賀さん?」


 なつめは、その女――九尾の狐の秘書として取り扱われている芳賀へいぶかし気な視線を向けた。


「けけけ。そうビビんなよガキ。

 まぁいいや、せっかくの再会だ、少しぐらいは答えてやろう。

 まぁ、テメェらが何かコソコソやってる事ぐらい当の昔にウチの大将は把握だ。もちろんテメェらのヤサも大体は見当がついている。

 あの狸婆の掛けた結界は多少は厄介な品物だが、狸の巣穴を探すのにいちいち藪さらいするのは間抜けの仕事だ、そんな事より山に火をつけた方がよほど早い。

 あれだろ? 確かかちかち山とかって話があるんだろ?」

「いや~あれはそんなアグレッシブな話じゃなかったかと~」


 仇討ちのために山火事起こすのはSDGsに真っ向から反逆するような内容なので大幅な改変がされるだろう。知らんけど、となつめは無駄な想像を浮かべつつ様子を伺うようにこう言った。


「まぁ、そっちの方が楽なのはそうっすけど~。マジでやるんすか?」

「けけけ。まぁ別に今やってもいいんだがよ。俺はエンターテイナーだからな、そんな派手なことはウチの大将が完全復活した時のために取っておくことにしてんだ。

 爆発シーンが連続するハリウッド映画でも、やはり最初の爆発のインパクトは大事だろ?」


 そう言って楽しそうに笑う芳賀へ、なつめは苦笑いを浮かべつつこう言った。


「アナタがそう言うってことは、その時はもうすぐってことですかね?」

「けけけ。それは言わぬが花って奴だ。

 まぁ、再会祝いだ、ちょっと遊んで行けよ」


 そう言って芳賀はパチンと指を鳴らす。

 それを合図に、彼女に付き従っていた黒スーツたちの体が次々に膨れ上がる。


「いや全く。ボクは平和主義者なんっすけどね~」


 なつめはそう言うと、ポーンとレジ袋を上空へと放り投げる。


「――――――‼」


 それを合図に、なつめを取り囲む妖たちはいっせいに彼女へと襲い掛かった。

 激しい衝撃音、或いは爪が肉を引き裂く音、或いは肉と肉がぶつかり合う鈍い音が響いた。


「ここっすよ?」


 ぶつかり合う妖たちを他所に、何処からともなく声がした。

 だが、声の主の姿は見えず、ただ銀閃だけがキラリキラリとあちこちで飛び飛びに光を漏らす。

 この場にりんごがいれば、なつめの動きをこう評価しただろう。

 あの時よりも数倍早く強い、と。

 だが、なつめはあの時手を抜いていた訳ではない。あの時はアレが全力だった、ただそれだけの話。

 なつめが今行っていること、それはごく単純なことだ。


 怨縛傀儡(マリオネット)による自己強化。

 髪を通して、任意のユニットへ己の妖力を分け与え強化するその技を、自分自身へとかけているだけの話。

 その結果、術がかかっている間は自分の能力は激増するが、デメリットとして妖力を垂れ流し続けることになる短期決戦使用である。


「まっ、こんな所っす」


 最後の一閃を終えたなつめは、そう呟き落ちて来たレジ袋を受け止めたのだった。

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