次なる一歩
「ものは出来た。だが、ここからが正念場だ」
江崎は重々しくそう言った。
(まぁそうっすね~。アプリ単体だったらそのPCでも動かせるけど、ひとつのSNSを作り上げるとなればっすね~)
難しい顔をするふたりを他所に、なつめは心の中であくび交じりにそう呟く。
「必要となるのは、大量のデータを管理するためのサーバーです」
いちごは胸前でキュっと手を握りしめ、課題をあえて口に出す。
江崎にそれを用意するような金がないのは、事務仕事を任されているいちごが一番わかっている。
だが、それが出来ない事には先に進めないのも事実だった。
そんな不安げな顔をするいちごに、江崎は困ったような笑みを浮かべてこう言った。
「しょうがない、頼りたくない奴を頼るか」
★
「クソふざけんじゃねぇぞ! テメェが俺様を呼び出すなんていい度胸だなこの負け犬!」
おんぼろビルの硝子を震わせるほどの罵詈雑言を響かせながら荒々しく事務所のドアを開けて入ってきたのは、江崎と同じ年頃の男だった。身にまとっているのは上質なスーツではあるのだが、粗雑に着崩し伸び放題の無精ひげと鋭い目つきから感じられるのは猛々しい肉食獣の匂いがした。
「まぁまぁ、君の方は相変わらずそうで何よりだ」
大量のスラングを浴びせられた当の江崎は、そんなものは慣れたこととばかりにさらりと受け流しつつ、指名手配のポスターに顔が乗っていそうな男に若干引き気味のいちごに対して紹介をする。
「彼は雅宗院隼人、僕の中学からの同級生で、大学を卒業してからIT企業に勤めていたんだけどね。
その時趣味でやってた株で大当たりを引いてね。今じゃ悠々自適な投資家生活を送ってるってわけさ」
そう言って肩をすくめる江崎に、雅宗院は歯をむき出してこう言った。
「けっ! この河原乞食が人様の人生を好き放題言ってくれるじゃねぇか!
悠々自適な投資家だぁ⁉ 俺様が血反吐吐きながら狸爺たちとバトッてる事ぐらいテメェの貧相な頭でも想像できるだろうが!」
胸倉を掴まんばかりの勢いでそう吠える雅宗院に、江崎はニコニコとした笑みを崩さず話を続ける。
「まぁそうだね。投資家の一分一秒は貴重なものな位僕だって知っている。
けど、君がすんなり来てくれるとは思わなかったよ」
そう言って不思議そうな顔をした江崎に対して、雅宗院は不敵な笑みを浮かべてスマートフォンを取り出した。
「けっ。ヘタレのテメェからこんなメールを貰ったからな。昔のよしみだ、少しぐらい話を聞いてやろうって気にはなる」
雅宗院のスマートフォンには『国に喧嘩を売りたい。君の助けが必要だ。』と書かれたメールが表示されていた。
★
ドカリと我が物顔でソファーに腰かけた雅宗院に、江崎は真剣な面持ちで話を始める。
「君も、ここ最近の国の動きがおかしなことは良く分かっていると思う」
「まぁそうだな。それもこれも、テメェら負け犬が不甲斐ないおかげじゃねぇか?」
あからさまに侮蔑のこもった発言に、江崎は苦笑いを浮かべつつこう言った。
「確かに、それは認めよう。僕たちジャーナリストなんて、所詮はカアカア鳴くだけのカラスに過ぎない。だけど、ヤツラは僕たちからその声すら奪った」
「そうだな。マスコミは提灯記事のオンパレード。どいつもこいつも右に倣えだ」
雅宗院はそう言って、退屈そうにあくびをしつつ耳をほじる。
「ああ、だけどヤツラの手は既存メディアに留まらない。
国内最有力のブルーバードをはじめ、多くのSNSの日本法人もヤツラの手の内だ」
江崎は口惜しそうにそう言った。
「けっ。そんなことは今更テメェに言われるまでもねぇ」
「まぁそうだね、君のアカウントも当の昔に永久凍結されているからね」
「うっせぇよ! テメェが言えたタマか⁉」
「確かに。僕のアカウントも似たようなものだ。いや、僕だけじゃない、少しでもヤツラのやり方に異議を唱えるアカウントは軒並み凍結されている」
そう言い、苦笑いを浮かべる江崎に対し、雅宗院は苛立ちを込めてこう言った。
「んで? テメェは一体何を言いたいんだ?
下らねぇ愚痴を言う事が、テメェの言う喧嘩とやらなのか?」
「いいや? 勿論僕はそんな暇人じゃない。そして君も暇人じゃないのは良く知っている」
江崎はそう言うと、雅宗院の前にノートパソコンを差し出した。
「これが、僕たちの新しい武器だ」
そのディスプレイには『Step』と表示されていた。
「ふん」と、雅宗院は小鼻を鳴らしつつそれを手元へ引き寄せると、慣れたタッチでキーボードを操作する。
カタカタと、静寂が包み込む事務所に軽やかなタイプ音が響く事数分。
「まっ、そこそこって所だな」
雅宗院はそう言って、あっさりとディスプレイから視線を外した。
「まぁ、多少は出来ている。優等生が作った、当たり障りのないソフトって所だ。
先行しているSNSの長所を周到しつつ、UIを改善、レスポンスも悪くない。
だが、所詮はそこまでだ」
その発言にはあからさまな失望の色が見て取れた。
「今更これ以上の解説が必要か?」
雅宗院はそう言って、席を立とうと――
(……なんだ?)
そこで、彼は違和感に気付く。
(あの小娘はなんだ?)
自分に熱い視線を向けてくる少女。
旧友との再会につい熱くなって単なる風景としてしか認識してはいなかったが、その少女は最初から旧友のそばで自分に熱い視線を向けてきていた。
それは単なる傍観者の視線ではなく――
雅宗院が口を開こうとした時に、江崎は不敵な笑みを浮かべつつこう言った。
「勿論。先行するSNSの牙城を崩すにはこちらも思い切った手が必要だ。
紹介しよう雅宗院。彼女がこのアプリ『Step』の開発者、如月いちごだ」
江崎の言葉を受け、彼の隣に座っていたいちごはぺこりと頭を下げる。
それを見た雅宗院は、江崎の胸倉を掴んでこう叫んだ。
「テメェ! 正気か江崎ッ!」
「勿論。多少の反則技を使わなければ、はるか先を飛ぶ青い鳥には追い付けない」
「ふざけんじゃねぇ! テメェもマスゴミなら顔を晒すことの意味ぐらい分かるだろうが!
ここはお花畑じゃねぇんだ! この小娘のプライベートなんか一切なくなるぞ!」
目を血走らせそう叫ぶ雅宗院に口を挟んだのは、いちごだった。
「大丈夫です。私が決めたことです」
「ぬかすなガキ! 人間なんて生き物は嫉妬と妬みが何より好物の下らねぇ生き物だ!
出る杭は容赦なくブッ叩かれる! テメェなんて小娘、四六時中足を引っ張られ誹謗中傷のオンパレードだ!」
「そうですね。けどその方が安全なんです」
そう笑顔で言ってのけるいちごに、雅宗院は一瞬言葉を失った。
彼とて、生き馬の目を抜く投資の世界で戦ってきた者だ、その言葉が本心から出たのか判断する技術は生存のための必須項目。
そんな彼の目は目の前の少女の発言が噓偽り無いものだと判断した。
「さて、前置きはここまで。ここから先が本題だ」
江崎はそう言って、胸倉を掴んだ雅宗院の手をするりと振りほどき、真剣な面持ちで旧友へ問いかける。
「今から話すのはこの世の真実。命を懸ける覚悟がなければ聞かない方が君のためだ」
そう言って真っすぐに自分を見つめてくる旧友へ、雅宗院は獰猛な笑みを浮かべてこう言った。
「面白れぇ。狸爺たちの相手をするのは飽き飽きしてたんだ。
下らねぇ与太話だったら承知しねぇぞ?」
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