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Appleー令和斬妖忌憚ー【完結済】  作者: まさひろ
第伍章 新たな戦い
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信頼関係

「っと、ここっすかね~」


 名刺を片手にスマホの地図を皆がら新宿の片隅を歩く少女はひと棟のおんぼろビルの前で足を止めた。

 ぼさぼさの茶髪の長髪にやぼったい丸眼鏡の少女――なつめはそれを見て「はぁ」とため息を吐く。

 彼女が憂鬱なのはこれから先にやることに対してではない。


「やっぱ、流石はン千年生きた大妖怪の仕掛けた術ってわけっすか~」


 ビル周囲へと張られた結界は、その主が居なくなってもなお健在。一縷の望みをかけて、通行許可証である名刺を持たずに探しても決して見つからなかったビルなのだが、それを手にして再探索してみるとあっけないほど簡単に見つかったのだ。


 それはつまり、自分に掛けられた呪いも同じこと、道理であの執念深い少女があっさりと自分一人を使いに出したわけだ。


 心臓に絡みつくナニカへの違和感に、そっと自分の胸に手を当てため息をもう一つ。

 なつめは、やる気なさげに薄汚れた階段を上り始めた。



 ★



「うひひひひ~。いや~まぁボクの自己紹介はそんなところで~」


 江崎の事務所へと入ったなつめは差し出された日本茶を飲みつつヘラヘラとそう言った。


「……なるほど、ね。申女の姉さんが」


 事のあらましを聞いた江崎は、苦虫を嚙み潰したような顔をしてそう呟く。


「あ~うん、まぁそう言うことっすね~」


 重々しく口を開いた江崎に対して、なつめはあっさりとそう首肯する。


「んで、まぁりんごさんに関してっすけど、お姉――じゃなかった、例の仇を無事討てたのは良かったっすけど、代償として体中ボロボロにっちゃったんで、ある程度動けるまではしばらく身を隠すって事っす」


 とっとと伝言(めいれい)を果たしたいなつめは、眉間にしわを寄せる江崎といちごのことなどどうでもいいとばかりに、さらさらと話を進める。


 そんな異分子(ぶがいしゃ)にたいして、いちごは露骨に不快な顔をしたが、江崎はあっさりと営業スマイルをかぶり直しこう言った。


「なるほど、つまり、りんごちゃんは無事、という事なんだね?」

「あーはい、そうっす。戦いの際にスマホが鉄くずになっちゃったんで、ボクが伝言役に頼まれただけっす~」


 言い間違いがないように、きっちりと確認する江崎に、なつめはヘラヘラとそう言いスマートフォンを差し出す。


『~という訳よ。私の事は心配しないで。そっちはそっちでやる事やんなさい。動けるようになったら顔見せに行くわ』


 録音アプリから聞こえて来たりんごの声に、いちごはほっと胸をなでおろす。

 しかし、江崎はニコニコと笑みを浮かべたままこう言った。


「なるほど、現状は良く分かったよ。ありがとうなつめちゃん」

「あ~そうっすか~。それは何よりっす~」


 そう言って席を立とうとしたなつめへ掛けられた江崎の言葉が少女の動きを止める。


「それで? 君の頼まれた事はそれだけなのかい?」

「……ん~何の事っすか~?」

「機械音痴のりんごちゃんには想像できないことかもしれないけど。その程度の伝言なんて簡単に切り貼り(へんしゅう)出来るよね?」

「……ボクがアナタたちをだましてる……と?」

「いやーすまないね。厄介な職業病と言うべきか」


 江崎はポリポリと頭をかきつつこう続ける。


「人の言葉なんていとも簡単に捻じ曲がる、どうしても裏取りをする癖がついちゃってね」


 ニコニコと笑う江崎のたれ目がちの瞳の奥には、ジャーナリストとしてのカメラがキラリと輝いていた。


「あ~うん? いや~どうだったっすかね~?」


 なつめは中腰のままヘラヘラとした笑みを浮かべる。


「りんごちゃんのことに関しては信頼している。彼女がそう判断したのならそうなんだろう。

 けど、僕と君はこれが初対面だ。信頼関係ってのは一朝一夕に成り立つものじゃない」


 ニコニコと笑う江崎の前に、なつめはため息交じりにくたびれたソファーに座りなおした。

 彼女にとってりんごからの指令(でんごん)は対して重要な事ではない。

 要は自分にかかった呪いが発動しないギリギリの線を見極めつつ、如何にして舞台から降りられるかが重要なのだ。


「いやま~、大したことはしてないっすよ~。

 ボクがやったのは、最後をちょっと消しただけ。本筋には関係ないちょっとした事っす」


 いけしゃあしゃあと語りだすなつめへ、江崎の背後に立っていたいちごは驚きの表情を浮かべる。

 その気配を察知しているだろう江崎は笑顔を崩さないまま、なつめへ続きを促す。


「りんごさんからのお願いは、あのおっかないお姉さんの代わりにアナタたちの面倒を盛る事。

 けどそんなのボクには荷が重いっす。

 出来ない約束をするのは不誠実ってものっすよね~。だから勝手ながら省略させていただいた次第でございまして~」


 ヘラヘラとそう語るなつめへ、江崎は納得いったという感じにこう語る。


「うんうん。君の人となりは良く判断できた。まぁ僕も申女の姉さんの事はよく知っている、彼女の代わりなんて余人に出来るはずがない」

「うへへへへ~。まぁご理解いただいたようで感謝です~」


 そう言い、今度こそ席を立とうとしたなつめへ、江崎は言葉(ぶき)を振るう。


「君が裏切った事、ヤツラが把握していないと思ってるのかい?」

「……」

「君は色々とうやむやにしてフェードアウトする心算なのだろうが……どうだろうね?

 あっちはそんなに甘い組織なのかな?」

「……」

「ここは申女の姉さんの張った結界によって、ある程度は守られている。だが、それもある程度、だ。申女の姉さんがヤツラを完全に上回れるなら、そもそもが僕らはこんなにコソコソする必要はない」

「……それで? なんなんです?」


 なつめはひどく不貞腐れた顔で江崎に先を促す。


「さっきも言ったが、信頼関係と言うのは一朝一夕には築けないものだ。

 申女の姉さんやりんごちゃんの事を抜きにして、君とは協力関係を築きたいと思ってね」

「協力関係ですか~。それはまたキレイな言葉ですね~。

 うん。じゃあボクがアナタたちへ戦闘能力的なものを提供できると仮定して~。

 アナタはボクに何を提供していただけるんですか?」


 なつめは興味なさげにそう言った。


「あっはっは。それを言われると痛いね。僕は見ての通りの木っ端ジャーナリストだ。

 権力も財力も持っちゃいない」

「ですよね~。じゃっ――」


 そう言って立ち上がろうとするなつめへ、江崎は自信満々にこう言った。


「僕たちが差し出せるのは未来だ」


 その答えに、なつめは鼻で笑う。


「それって要するに空手形って奴っすよね~。信頼関係とやらが無い相手から差し出されたそれを喜んで受け取る人がいるとでも?」

「まぁそうだ。僕はただのしがない一ジャーナリストでしかない。そう、僕はね」


 江崎はそう言ってちらりと視線を彼の背後に立つ少女へと向ける。

 それにいぶかし気な視線をいちごへと向ける。


「彼女の名は如月いちご、まぁりんごちゃんからある程度は聞いてるかもしれないが、改めて僕からも紹介しよう。

 彼女は――天才的なプログラマだ」

「天才的な……プログラマ?」


 突然降ってわいてきた単語に、なつめの頭には疑問符が浮かぶ。

 そんななつめへ、江崎はりんごが使用しているパソコンの前へ彼女を案内する。


「……これは?」


 ソースコードなど読めないなつめには、無数の暗号が並んでいる風にしか見えやしなかった。

 それをしげしげと眺め見るなつめは、江崎に促されたいちごが解説を始めた。


「これは、私が開発中の武器。

 世界に無視され続けて来た人達が自由に声を上げれる場。

 新型SNS『Step』です」


 今まで、江崎の背景としてしかなつめの目には映っていなかった少女は、目元に深い隈を作りながら、自信をもってそう答えたのだった。

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