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Appleー令和斬妖忌憚ー【完結済】  作者: まさひろ
第弐章 特別な目を持つ普通の少女
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決意

「くっそうぜぇ、くっそうぜぇ、くそうぜぇッ! とっととくたばれこのビッチッ‼」


 ソレは狂ったように絶叫する。

 否、当の昔から狂っていたのかもしれない。

 ソレの形相が(まがつ)にゆがむ。

 口元はメリメリと引き裂かれ、目じりは大きく切れ上がる。

 そこにあったのはもはや人間とは言えないモノだった。


「死んじまえよぉおあッ‼」


 妖は泣く様に攻撃を再開する。


「チッ!」


 それを受けて立つりんご。

 その構図はまさしく先ほどまでの繰り返しだ。

 故に結論もまた先ほどと変わらない。

 確かに相手は消耗している、だがりんごもまた消耗しているのだ。


 8爪と1刀、手数の不利に加えて基礎スペックの差も歴然。

 それをりんごは怒りと執念でカバーしていたにすぎないのだ。


(まず……いわね)


 このままでは時間の問題、いずれ敵にすりつぶされる。

 りんごは歯噛みしながら打開策を模索していた。

 その時だった、りんごの心の内から声が響いてきた。



 ★



『見てられんな……我に躰を寄越せ、娘』


 どろりとしたヘドロの様な声がりんごの魂へと絡みつく。


『……』


『どうした? 娘よ、貴様とて分かっておるであろう? このままでは死するのみぞ?』


 その声は、りんごを嘲るかのようにせせら笑う。

 それに対してりんごは――


『冗談じゃない、まっぴらごめんよ』


 汚らわしいものを見るようにそう吐き捨てた。


『ほう、何故だ? 娘よ。そなたにはやるべきことがあるのではなかったか?』


 あっさりと提案を打ち切られたその声は、そう疑問を問いかける。


『あるわ、勿論。あの女は私が殺す』


 それはあの日誓った唯一の決意。けして曲がらぬ不滅の刃。

 その声は、興味深げにさらに問う。


『ならば我に躰を明け渡せ。我ならばあの程度の妖なぞ敵ではない』


 その声はそう言って不敵に笑う。

 それに対してりんごもまた不敵な笑みでこう返した。


『何度も言わせないで。あの女は()が殺すの。アンタに体を渡してそれを成しえても()はちっとも気持ちよくない』

『ほう?』

『いい? 私は私の為に復讐すると心に決めた。

 誰の為でもない、私の為よ。

 私は、私が気持ちよくなるために、あの女を殺すのよ』


 絶体絶命の窮地にありながらも、そう言って頬をゆがませるひとりの少女。

 その答えに――


『くく。かかかかかか! 娘よ、(なれ)はそう嗤うか!

 仇討ちと言う天下蒼生に誇れる崇高なる行いを! (なれ)はそうあざ嗤うか!』

『そんなもん知ったこっちゃないわ。私は私が気持ちよくなるためにあの女を殺すのよ』


 りんごは再度そう嗤う。

 その答えに我が意を得たのか、その声はこう言ってきた。


『ならばよし、(なれ)に我の技を貸し与えよう』



 ★



 明らかな異変に妖は眉をひそめた。

 先ほどまで、つい一撃前まで高らかに鳴り響いていた衝撃音が急激に小さくなったのだ。

 しゅらり、しゅらりしゅらりしゅらり。

 硬質の物体同士が真正面からぶつかり合う激しい衝撃音は、それらがこすれあい滑り合う静かな擦過音へと変化した。


(なん……だッ⁉)


 一撃一撃に、ほんのわずかであるが軸がぶれる、ぶらされる。

 困惑を顔に浮かべる妖に、りんごは苦々しそうな顔をしてこう言った。


「『崩し』って言うらしいわ。知らなかった、刀って叩き切る以外にも使えるのね」

「ん……だそれは⁉ んなこた聞いてねぇんだよ!」


 焦る妖は大ぶりの攻撃を叩き込む。

 だがそれは、大きな隙となり足の一本を断ち切られた。


「ちッ⁉」


 切り取られた足がくるくると宙を舞う。

 その様子を見て一端距離を取る妖。

 りんごはそれを追うことなく、冷静に刀を構え続ける。


(ようやく一本)


 心の中でため息一つ。

 8体1が7体1になったところでさほど脅威は変わらない。


(ったく、アイツもくれるならもっとマシな技寄越しなさいよ)


 ぶつくさと愚痴を呟く。

 確かに猛攻をしのぐことはできたが、今の技は所詮は受け身の技だ、自ら前に出て敵を切り開く技ではない。


(さて――)


 これからどう組み立てるか、りんごがそう思案しようとした時、背後からの気配を感じ――


「うああああああッ!」


 その叫びに合わせるようにりんごは首を傾ける。それと同時に顔の横を飛び過ぎていく何か。

 それは真っすぐ飛んでいき――


「ちッ!」


 苛立たしげな舌打ちと共に、妖の足がそれを引き裂い――


「うっ? があああああああ⁉」


 両手を失っている妖は、目元を抑えることもできずに転げまわる。

 背後から飛んできたもの――

 いちごが投げつけたそれは――


「……催涙スプレー、ね」


 江崎から護身用にと渡され、一度は清水の視界を奪ったそれの残り。

 それは清水の命を奪った妖の視界を封じたのだった。


 目を襲う痛みと止めどなく流れる涙にゴロゴロと転げまわる妖。

 いつの間にか、その前にはりんごの姿があった。


 きらりと剣閃が煌めく。

 それから一拍の時を置き、妖の背中から7本の足がポロリと落ちた。


「……アンタみたいなチンピラが知るわけないと思うけど一応聞いとくわ。

 青山かりん。

 あの女の居場所はどこ?」

「きゃ……きゃはははは! 知るかバーカ。とっととくたばれ」


 催涙ガスをまともに浴び、目から滂沱の涙を流す妖は、そう言って憎らし気な笑みを浮かべる。

 それを受けたりんごは、無言でその首を切り落とした。



 ★



「……一応、礼は言っておくわ」


 満身創痍の身ではあるが、それをおくびにも出さずに、りんごはいちごへ淡々とそう声をかけた。


 当のいちごはと言えば、催涙スプレーを投げた体制のまま全身を膠着させプルプルと震えていたが、やがて力尽きたように地面にしゃがみこむ。

 そして顔を伏せたままのいちごはぽつぽつと語り始める。


「清水さん、あの人は、弱いひとでした。

 他の職員の誰もが私たち利用者を家畜扱いする中、彼女だけがわたしたちに優しくしてくれた」


 ぽつりぽつりとその言葉は徐々に湿り気を帯びていく。


「その優しさは、彼女の弱さから来ていたモノでした。

 自分の弱さを他人への奉仕に変換した偽りのモノでした」


 ぽたぽたと涙が頬を伝い、地面に染みを作っていく。


「でも! だからと言って! あんな終わりを迎えていい筈がないッ!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたいちごは、その顔をがばりと起こしてそう吠えたてる。


「あんな! あんな! あんなのでいい筈がない!」


 彼女の死体を見て、それが彼女であると視認できる人はだれ一人としていないだろう。

 死体は数百台の自動車にひかれ、道路のシミとなった野生動物に酷似していた。


「最近のわたしは、江崎さんの下で働かせていただけるようになって充実していた。

 出来ないことが出来るようになり、新たな世界へ踏み出すことが出来。

 このままでいいかと目をそらしていた。

 戦う事なんてやったことはない。

 今まで辛いことからは目をそらして生きて来た――」


「だけど」と、いちごはそこで大きく息を吸い込んだ。


「だけど戦います。こんな理不尽を許していい筈がない」


 りんごの目をしっかりと見据えたいちごは、はっきりとそう断言した。

 その瞳を見て、りんごは柔らかに頬を緩めてこう言った。


「そう、アンタの好きにすればいい」

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