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Appleー令和斬妖忌憚ー【完結済】  作者: まさひろ
第弐章 特別な目を持つ普通の少女
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旧と新

「て……めぇ……」


 地の底より湧き上がったような怨嗟の声がりんごの耳に届く。

 それに気押されることなく、落ち着きはらって背後を振り返ったりんごが目にしたのは異形の姿だった。


 基本となる形は、両腕を半ばから断ち切られた金髪の少女の姿。

 だが、その背からは4対の2mはある昆虫じみた足が生え、逆立たせた髪からは30㎝はある2本の角が天に伸び、そして憤怒にゆがめられた口元からは鋭くとがった牙が覗いていた。


(ベースとなるのは土蜘蛛または牛鬼かしらね)


 りんごは冷静にそう判断しながら刀を構える。


「テメェ! コラ! クソふざけんじゃねぇぞ! アタシの腕! どうしてくれんだよ!」


 来栖あけび――つい先ほどまでそうだったモノは、怒号を発しながら襲い掛かってくる。

 ガガガガガと、つい先ほどまでとは比べ物にならない速度で衝撃音が鳴り響く。

 8本の鋭くとがった鉄杭じみた足の攻撃に、りんごは防戦を余儀なくされる。


「きゃは! きゃははははは! どーしたよ先輩! 無様なありさまじゃねーか!」


 りんごはソレの戯言は聞き流し、土砂降りの様な攻撃を受けつつ背後の気配を探る。


「あ……う……」


 絶え間なく続く衝撃音の隙間に届くかすかな声、それは自分が探しに来た少女がまだ生きていることを確認する音であり――


(まだ……ね)


 今だ正気を失い、茫然自失としている事を現す音であった。


(このバカの攻撃をこのまま捌くのは至難。一度立て直したいことろではあるが)


 だが、自分の背後には逃げるどころか立ち上がることさえできない少女がいる。

 りんごが選べる道は、圧倒的不利な状況のまま、何とかして押し返すことだけだった。


「きゃは! きゃははははは! どーしたどーしたイモ女! そのままダンゴムシみてーに丸まったままくたばっちまうつもりかッ⁉

 いいぜ、そのままじっとしてろよ! 倍返しだ! 両手両足切り落とし! ダルマにしたところで■■■から脳天までアタシの手をブッ込んでやるよ! 愉快なバージンロストだろッ⁉」


 目を血走らせたソレは、口角泡を飛ばしながら一方的な攻撃を続ける。


(チッ、一応人間のジャンルに入るからと遠慮するんじゃなかったわね。

 切り落とすなら腕じゃなくて、あのやかましい口がついてる頭だったわ。

 それにしても――)


「――無様ね」


 思考がつい唇に乗る。

 意図せず漏れたその呟きにソレは愉快そうに反応した。


「きゃははははは! 何? 何何々? やっと自分の有様に気付いたの⁉ そうよ! アンタは今から――」

「何愉快な勘違いしてるの? 無様なのはアンタの方よ」


 りんごの冷たい言葉に、ソレはピタリと攻撃を中断した。


「……誰が、無様だって?」

「アンタよ、アンタに決まってるじゃない。借り物の力を自分の力と勘違いして調子に乗ってる大馬鹿者。イラつきを超えて哀れになってくるわ」


 ため息交じりに吐かれたその言葉に、ソレは細かく肩を震わせる。


「フフ、フフフフ……。

 舐めてんじゃねぇぞ! コレはアタシの力だ!

 アタシの! アタシだけの! アタシが望んで得た力だ!

 ちっぽけで奪われるだけだったアタシとは違う! アタシは奪う側になったんだ!」


 慟哭と共に苛烈なる攻撃が再開される。


「借り物の力⁉ 哀れ⁉ ふざけんじゃねえッ⁉ だったらテメェは何なんだ⁉ その人外の力! どこで手にしたってんだ!」


 目を血走らせながらに攻撃と共に言葉を叩きつけてくるソレに、りんごは静かな言葉を返す。


「そんな事、百も承知よ。この力は外法の力。頼んでもないのに無理やり押し付けられた呪いそのもの」


 りんごはそこまで言うと、一拍を置き静かな怒りを込めてこう続けた。


「だけど、あの女を殺すためにはこの力に頼るしかない。

 アンタに分かる? 心の底から憎悪する存在のために、心の底から嫌いな力を振るわざる得ないこの憤りが」


 じっとりと、深く粘り気を帯びたどす黒い視線。

 まるで呪いが可視化されたような視線を浴びたソレは、一瞬じりりと気圧される。


「くっ……! 知るかよそんなもんッ!」


 我に返ったソレは、視線(のろい)を振り切るように攻撃を再開した。



 ★



(くそったれ! 何故攻めきれない!)


 一方的な攻撃を続けるソレだったが、その内心には苛立ちと違和感が積もっていた。


(アイツは型遅れのプロトタイプ、最新型のアタシが何故攻めきれない!)


 一方的な攻撃を続けること3分。

 攻撃を加えた数は数万に及ぶだろう。

 しかし、相手は今だ健在。細かい傷は無数にあるが、その芯には一撃たりとて届いていない。


(スペックは全てアタシの方が上の筈だ! なのに何故攻めきれないッ!)



 ★



(こんなザコに遅れをとるわけにはいかない)


 人間の限界値をはるかに超えた集中力と反射神経で敵の猛攻を捌き切るりんごの脳内に浮かぶのはその思いだった。


(私は……あの女を殺すまで……死ぬわけにはいかないッ!)


 砕けんばかりに歯を食いしばり、りんごは敵の攻撃を捌き続ける。

 そんな中、コンマ数秒の静寂が訪れる。


(い――)


 反転攻勢のきっかけに、そう思った瞬間。りんごの視界は一面の白に染まる。


(――⁉)


 ソレの口から吐き出されたのは、驚異的な粘着力を持つ鋼糸だった。


「きゃは……きゃははははは! ざまぁ! ざまあねぇなあ! 先輩さんよ!」


 白い繭に包まれ、指一本動かせないりんごに向かって、ソレは高らかに勝どきを上げる。

 とっておきの切り札、妖力の10%をつぎ込み作るこの繭は埒外の硬度と粘着力を誇る。


(アイツのスペックは念入りに叩き込まれている。アイツはただ単に人間より多少身体能力が優れただけの旧型(むのう)だ、特別な能力など何もない。アレから脱出できる術はない)


 絶え間なく続けた連続攻撃、そして今使った奥の手。

 疲弊しているのはソレも同じことだった。


「きゃはは。だが、アンタはここまでだ。アタシの腕の仇。このままじわじわとなぶり殺――」


 肩で息をするソレが死刑宣告をしている時だった。

 純白の繭が――紅に染まる。


「――え?」


 轟と爆音がして繭は一気に燃え上がる。

 パラパラと雪の様な灰を振りまきながら歩いてくるのは、髪の毛一本たりとて燃えていないりんごの姿だった。


「火鼠の皮衣――どっかの狸婆に押し付けられた古着よ」


 りんごのその言葉に、スカジャンの胸につけられたワッペンの鼠がニヤリと歯を輝かせる。

 そんな鼠とは裏腹に、「所詮はこれも借り物の力」そんな気持ちがこもったのか、りんごは苦々しそうな顔をしていた。

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