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プロローグ

僕は今沈み切っている、堕ち切っている。


もうこれ以上ない程に終わっている。




多分死ぬ。


いや僕はもうすでに死んでいるのかも――


しれないな、そんなことを朦朧とする意識の中で考える。




朦朧とする。


それはまだ意識があるってことだ。


まだこの形容しがたい苦しみは続いている。


死んでいないし。生きてすらいない。少なくとも今の僕を見て『まだ生きている』なんて狂言を吐くものはいないだろう。





何故かって? だって……だって、だって。




僕の意志よりも先に


心臓が。


身体が。




生きる事を諦めたのだから。





今は深夜一時。熱帯夜の生暖かい風が強く吹き、プールと住宅街を区分するフェンスが騒がしく揺れている。


静かな夏の夜、僕が学校のプールに沈んで約五分後の世界。


体は死に意識だけがある


『死体』がプールにひとつ、肺に酸素は全くなく。もう浮かぶことはないだろう。


冷たいタイルに仰向けになり、うつろな目で遥か遠くの満月を見ている。




手はもちろん、体の隅々まで動かない。


呼吸は出来ず、周りには水と僕。幅二十五メートル長さ五十メートルの空間は少しの寂しさと不安を増大させる。


指先どころか全身が震え上がり。


心臓が腫れ上がっている。




様々な内蔵が死んでいく、活動を停止していくのが分かる。




でもそれは少し前の話、もう僕は痛みも何も感じない。


あるのは、いつ落ちるのかも分からない。


そこにあるのかも分からない。不安定な意識のみ。


全てを奪われ、僕の人生は終了。


別に――恨んじゃいないさ。








「斎藤さ今日プール行かね? 最近は授業でもプール使ってるからプールの鍵も開いてる。正門さえ乗り越えれば誰でも入れる、最高のナイトプールになってんだぜ」


……って、ナイトプールは違うか。




同級生で幼馴染、家も目と鼻の先。


それに加えて家族同士の関係まで良好な


僕の親友。菅原友樹すがわらともき




去年は来年からの大学受験でもう派手には


遊べないから。なんて不真面目な高校生二人には的外れな理由で。


菅原家に混ぜてもらい、一緒に沖縄旅行に行ったくらいだ。


だらしなく着た学生服に、背の低い菅原にはひどく似合わない金色のピアス。少し色の抜けた黒髪。


でも菅原はそこじゃない。あいつの本当はそこじゃない。


不良学生を表すような格好に反して、今の自分を否定しているかのような。


子供っぽく愛くるしい顔。


それが菅原友樹。どれだけアクセサリーを身に纏っても煙草を覚えても、どこか子供っぽいと言うイメージが勝ってしまい。


少なくとも皆から『不良』として認識されては――いない、可愛そうなやつ。




そんな彼が、可愛そうなやつが話しかけてくる。


「どうせA判定君は暇だろ」


優雅に机に座る菅原。


教室の扉の前で今かと、菅原を待つ僕。




「C判定君は忙しいだろ……ていうか早く理科室行かないとマジにやばいぞ」




あいつよりは比較的真面目な僕、斎藤蒼さいとうあおいは。


移動教室に遅れる事は無くはないが……


クラスメイトは既に理科室に行き、人のいない教室でそんな話を始める。


あいつを理解する事は困難だった。




「違うよ、息抜きも大事だ」


頭の後ろに手をやり天井を見る菅原。


「毎日親に勉強しろしろウンザリさんなんだよ。休日テレビ見てるだけでも言ってくるんだぜ?」




「E大受けるんだろ、それぐらい承知の上だろう」




「分かってるよ、俺だって何の覚悟もなしにあそこ志望したわけじゃねえよ」


愚痴だよ……ただの、と怪訝そうな顔を浮かべながら付け足す。




それもそのはず、菅原が志望しているE大は県下一と言えば言い過ぎだが。


僕たちが通っている進学校の『私立光明館高校』の生徒でさえ受けるのは上位のみ。


『いわゆる出世街道の登竜門ってやつだな』


と菅原は言っていた。




不真面目で高二の冬。最終学期の進路相談で『何も考えていません』なんて事を親と担任の前で、何よりも進学校と言う偏った空間で、そんな爆弾発言をし同学年の担任の中で軽く問題になった。


そんな武勇伝を持つ奴が、


急にE大を受ける――なんて言い出すした日には炊飯器と冷蔵庫が一斉に壊れた。


by菅母である。


僕も何故E大なんて受けるのか、何度も聞いてはいるが答えてはくれない。


『カッコ悪いからな受かったら教えてやるよ』


そんな突拍子ない事だ。どうにかして何かに結び付けたかったが……


全く動機が分からないいまだ謎のままだ。






「じゃあさ、行くのを深夜にしよう。一時くらいからなら比較的涼しいだろうし」




「深夜?」




「ああ、その時間ならバレる可能性がほぼ無くなる。お前はともかくとして、俺が 学校に侵入してるのがバレたら一巻の終わりだからな」




「俺がバレても無事では済まないんだけど」




「なーに大丈夫だよ。今までにバレたことは?」




「……ないな」


呆れ半分の生返事、菅原と話すときはいつもそうだ。




「何せ完璧な案だからな。塾に課題に全部終わらせた後なら――、何も問題はない――そうだろう?」


首をかしげて子供っぽいアクションを取る。




「普通の人は早く寝て明日に備えるんだよ」




……とは言っても、断るつもりは更々ないんだけど。


「いいよ、たまには行く。から早く準備しろ」




ほ――やったね、と意外そうな声を洩らす。




「じゃあ今日勉強終わらしたら連絡でいいよな? だいぶ遅くなるけど」


気分が上がったらしく、机の上から身を起こす。




「いいから、早く動けよ……」


「リョウカイ、リョウカイ。もう動きますよっと」




この会話から約九時間と三十二分後。




   死因は溺死、齋藤蒼こと僕は死亡した。




思いがけなかった、想定外なんて程度ではなく。分かってはいたさ、人間は脆く思いの外あっけなく死ぬ。


登下校中に歩道から車道側へ数歩歩くだけで死ぬ。


電車のホームなら一歩で死ぬ。


死ねる所詮人間はその程度。




今まで積み重ねてきたものが一瞬で消える。


それは対して大して珍しくもない、日常の一コマだってことぐらい。


たまにテレビで流れる交通事故の報道、気の毒だな――と、思うだけで次の日には


記憶の奥底にしまわれる。




それはそうだ、交通事故の遺族も友達も彼女も。


歩道を歩いていたら蛇行して来た車に跳ねられ『死ぬ』なんて事は考えてすらなかっただろう。


町一の進学校に入学していい大学を出て大企業に勤めて、なんて。


『都合のいい人生プラン』がこんな形で強制終了される。


避けようがない、『しかたがない』そう言うしかない。初めから交通事故を計算に


入れた人生プランなど、作れる人なんてのはこの世にいないのだから。


事故死する程、理不尽で馬鹿馬鹿しい事はないだろう。




何の前触れもなくいきなり人生が終了する。


それは絶対回避不可能で


全人類が対象で公平に訪れる事柄。


初めから運命付けられていたかのように、奇跡的不幸の連続で成り立っている事柄。


今回はそれが僕だった。それだけの話。





学校も終わり塾も終わり、午前一時。


あいつの言う『完璧な案』ってのはあながち間違ってはいなかった、と認めざるを得ない程に。


その時の僕は底抜けに疲れてたし、何かリフレッシュしたい気分だった。




たまたまその日は意味もなく自転車ではなく歩きでコンビニへ向かうことに。


薄暗い田んぼ道を抜け住宅街へ。皆が寝静まった住宅街を一人速足でそそくさと抜け、見えてくるのは夜道を歩いてきた僕には少し眩しすぎるコンビニの灯りだった。


コンビニの中でパジャマ姿で菓子パンを凝視している菅原と落ち合い、手頃なおにぎり数個と重たいお菓子を買って学校へと二人で向かおうとした道中。


「……水着が」


「ん? なに」


「水着を、忘れちゃった……」


なんて間抜けなことを言うもんだから、結局一人で行くことに……




後ろから水着を持った菅原が追い付いてこないかな、なんて可能性に懸け少しゆっくり歩いていたのだけれど。


その抵抗も虚しく、ものの数分で正門の前へ着いてしまった。


正門の隙間から見える底なしに暗い校舎に、機械的については消えを繰り返す壊れかけの電灯。


ガーデニングの所に飾られている兎の照明器具が、やけに不釣り合いで気味が悪く。菅原がいれば……なんて事を思いながら僕は正門を乗り越えた。





プールに着いた。正確に言えばプールの門の前って所だ。


本来ならこの小門、と呼ぶには少し頼りないここに侵入防止の鍵がご丁寧に施錠されているのだけれど。この時期ことごとに鍵を刺し入れする手間が惜しいのだろう鍵は当然かかってはいなかった。


当然のごとく門は開く。齋藤蒼は門を開ける。この行動が、一動作が僕という物語を終わらせる決め手になるだなんて事を僕はまだ知らない。


死してなお知らない。




雨が降ったわけでもなにのに酷く蒸れていて、プールサイドへの足取りが重い。


うちの高校は流石私立と言うべきかプールが大きい、プールそのものは一般的な五十メートルの競泳プールだが。そこまでの道中、更衣室にシャワー室そして極めつけに自販機の列まであるのだ。


それらを全て一か所に詰め込んでいる、それは通路を長くするのには充分な理由だ。月明りのみを頼りにその長い通路を歩く。


(⬆確実に通路では無いので調べて治す)


「明日起きるのダルいなぁ……」


暢気なことに僕はそんな事を呟いていた。


自分の死がすぐそこまで来ているというのに、手を伸ばせば……いや具体的言えば後数歩、プールサイドに向かって足を動かすだけ。


死の予兆なんて微塵も感じなかった。感じられなかった。


何故なら僕の死は突然死、奇跡的不幸の連続で成り立っているものだから。寿命や闘病の末の死亡とは違う。


聞いただけで下らないくてたまらない、喜劇の様な成り行きで僕は死んだ。




『馬鹿馬鹿しいプールサイドでの一幕』


僕はそれに殺された。




「誰だ……?」


無意識のうちに声が漏れてしまった。


そこには人がいた、プールサイドのちょうど入り口付近そこに人がいた。


男女二人、いや暗くて見えずらいが奥の方にも何人か人がいる。


男の方は――金髪に大きなピアスそれにギラギラとしたネックレスのせいで初めは


認識できなかったけれど、校舎で見かけた事がある。


確かここの卒業生、一つ上の先輩だ。


ほとんど関りもなく、言われてみればそんな人いたな。この程度の認識だった。少なくともこんな格好に身を包む様な印象はなかったけれども。


女性の方は知らない。


背が低くボブショートの黒髪に丸眼鏡、いかにも真面目な大学生そんな印象だった。


そんな二人だった。


街中で見かければ何の違和感もない、どこにでもいる量産型の大学生のカップル。本来ならこんなことは起こらなかっただろう。僕が特殊な行動を取らなければ、特殊な状況を作らなければ……本来起こらなかった事だろう。




午前一時誰もいない学校のプールで『半裸』の男女が二人。二人がこれから何をしようとしているのかは僕ですら理解できたし、二人と目が合った僕がこの後どうなるかも――何となく理解できていた。




場が静寂に包まれる。古いフェンスがギイギイと、嫌な音を立てて風に揺らされていて、それが凄く耳に障る嫌な音だったのを今でも覚えている。


風で女性の短い髪が揺れ、金髪も僕の髪も揺れた。


今この空間には三人の人間が存在している、大人二人と僕一人。避けようのない事実だった。


先に動いたのは女性、近くにあった服を急いで集めて着始める。男性と僕は動かない、僕は睨まれて動けないと言うのが正解だろう。


「……おい」


男が来る。




ポカッ!


だったか、ペシッ!


だったか――まあ、どうでもいい。この思考には限りなく生産性がない。


この際効果音なんてどうでもいい。僕は突き飛ばされた。


「ぐぇ……!?」


なんて、今考えてみれば自己嫌悪感で自殺してもおかしくない効果音で僕は滑った。


もう少し具体的に物を説明すると――男に両手で胸を押され突き飛ばされた後プールサイドに不自然に撒かれた液体で、またの名をシュワリンと呼んだりもするその液体で。大いに滑った、片足はあらぬ方向を向き地面から離れ。


背骨がギイギイと不快な音を立て大きくそった。滑ったよりも身体ごと反転したの方がこの場合適切かもしれない。


170センチ60キロの転倒、手を後ろに着き自分を守る余裕など一切ない。


自分が転んだ、と気づいた時には高校生が転倒した際に起こる物理的エネルギーが。


頭に、あるいは頭蓋骨に直に伝わる。


生々しい衝突音がプールサイドに響き渡る、響き渡ったはずだ。僕は聞こえなかったので……今度あの二人に聞いてみようかな?


なんて事を思うしかなかった、脳が揺れた――とか激しい眩暈が――とか陳腐な表現をする暇もなく。僕は一瞬で絶命した。


気を失っただけかもしれない、けれど同じことだ。














気が付いたら僕の身体はプールに沈んでいた。













苦しかった時間も過ぎ。




今の身体は動かないどころか全くの感覚がなくなり、目と耳だけが辛うじて生きている。





その他はもう死んでいる……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(僕は、死んだのか)




意外なことに飲み込めた、今の状況が、自分はもう死んでいるという、尋常ではない状況を理解出来た。




自分でもビックリする程に受け止めれていた。




「まぁこんなもんだろ……僕の人生は」


出せていないであろう声で僕は諦めのような何かを発した。





(……あの二人が沈めたんだろうか)




そんな事を考えながら僕は自分の死を待っていた。


















































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