馬鹿とハサミはなんとやら
「なんだそれは」
バジーリは俺が警備隊に頼んで持ち出してくれたソレに、素直な感想をぶつける。
水分を吸いまくった白くふにゃふにゃした謎の物体。
警備隊がプレートで皆に見せたのは、ソレだ。
恐らく、誰もまだ正体が分からないのだろう。何とも言えないざわめきが講堂内に響く。
ここで俺が『キュア』で白い異物を発見した現場に居合わせた教員たちの一人、エドガルが言う。
「何かは分からんが、これが排水管に詰まっていたのだ。他の箇所も警備隊に調査して貰っているが、相当の量がある」
排水管と聞いてピクリとバジーリの表情が動く。
話題を逸らそうと「そんなもの、今はどうでもいいだろう」と呟けば、ダルマツィオが持前の善意で反論してきた。
「どうでも良くないぞ! バジーリよ。排水管が詰まっては生活に支障をきたす!! ジョサイアは未然に防ごうと尽力してくれたのだ。俺はそんな奴が、やましい行いを侵したとは思えん!」
「それとこれとでは話が違う!」
俺は畳みかけるように告げた。
「問題はどの排水管に詰まっていたのか、ですよ。これ、バジーリ先生の自室の排水管から詰まっていたんですよ」
なんでこうもシンプルなやり方だったのか、もう少し処分する手立てはあっただろうに。
杜撰な犯行に俺も呆れていた。
とはいえ、自室で処理したのは怪しまれない為なのと。
薬品で溶かそうと試みたのは機密文書とは言え、たかが人間製の紙を溶かせない訳がないと慢心したせいだろう。
これを俺の自室でやったり、別の場所で行う事も出来ただろうが。
ランディーに対する警備の警戒が相まって、短時間で犯行を行う事を重点的になってしまった。
最も、俺の部屋は魔法陣と杖の花で完全警備を行っている。
だからこそ、俺がこう付け加えおく。
「高貴なエルフであられるバジーリ先生が、うっかり自室の警備を怠っていたとは思えませんので。自然と貴方を伺う他ないのですが。それともまさか、人間の怪盗如きに魔法陣を崩されたと仰るのでしょうか。ああでも、人間製の紙を完全に溶かしきれない薬品しか作れないのでしたら、あり得るかもしれませんね」
奴が今にでも掴みかかってもおかしくない形相を浮かべている内に。
俺は修復魔法『リペア』に加速魔法『クイック』と攻撃補正のない『ホーリー』を掛け合わせた複合魔法を白い物体へ放つ。
通常、このレベルまで溶けた紙を元の形状に復元するのは、相当の時間と労力が必要になる。
だが『ホーリー』により光の魔力の浸透させやすくなり、加速魔法により修復魔法を早め……ものの数十秒で紙一枚の形状を取り戻しつつあった。
一様に、異なるざわめきが走る中。
ここでようやっと、エカチェリーナが済ました顔で登場した。
怒り心頭だったバジーリは、俺と同じくエカチェリーナに「遅い!」という感情をぶつけていたに違いない。
だが、奴も奴で別件で手間取っていたと判明する。
「遅くなり申し訳ございません。保管庫にあったジョサイア先生の手紙の一件で少々時間を頂きました。今回の一件が異なった解釈でE王国に報告された事により、私とジョサイア先生は一時的にですが学園から離れる事となります」
手紙? あのメモのことか??
そしたら、バジーリが想定外の事を吠える。
「今、エカチェリーナ自身が自白した通り! 奴はあろうことか学園の保管庫に恋文を隠していたのだ!!」
ザワザワ! と、突拍子もない発表に年頃の餓鬼どもは騒ぎ始めた。
恋文だ!なんて吠えてキャーキャー喚くなんざ、マジで中学生のノリで生きてるのかって突っ込みたい。
聞いているコッチが恥ずかしい。
なんせバジーリは自身満々、覆しようのない証拠だ!と生き生きしてる。
俺は冷めた口調で告げた。
「それって俺が厳重に保管するようエカチェリーナ学園長に預けた『不老不死』の霊薬を含めた新薬のレシピの事ですよね」
……………………………………
…………………
…………
なんだかとんでもないレベルの沈黙が流れている。気まずいというか。
最早、ざわつきすらない。
エカチェリーナは、わざとらしい深々な溜息と共に告げる。
「バジーリ先生。何故、内容を見てもいないのに勝手なご想像で判断されるのでしょうか。警備隊の方も仰っていた通り、あの手紙は暗号化された薬品のレシピとなっております。詳細の一部は……ジョサイア先生が漏らしてしまいましたが、公に出来ない規格外の薬品のレシピでありながら、後世に残すべきものでした。その為、一時的に厳重な保管先として学園の保管庫を利用致しました。……ただ学園には無関係な文書の保管ですので、その点は私の至らない点となります」
一部、俺を皮肉った内容も聞こえたが。
とんだ勘違いで、とんだ事件に発展したという訳か。
バジーリの奴はこれを機に、俺とエカチェリーナを蹴落とそうと狙っていたと。くだらない。
だが、くだらない騒動も厄介な事態に発展したようで、改めてエカチェリーナが俺に告げる。
「ジョサイア先生。先程もご説明しましたが、異例な速さでE王国には先程のバジーリ先生のような異なった解釈で事態が伝達されてしまい。事実確認の為、ジョサイア先生は特例でE王国に召喚する事を命じられました。お手数をおかけしてしまいますが、ご同行お願いします」
どれもこれも遠い目で「暗号?」「レシピ?」「いやこちらには別の証拠がある」とブツブツ呟くバジーリの仕業だろうと察し、一瞥してから、俺は「わかりました」と返答する他なかった。
くだらなく、しょうもない騒動の果てに、まさか再びW国へ足を運ぶハメになるとはな。
あと2話で終わります




