ひょっとして本気(マジ)で言っているのか?
「にゃんですか? これ」
俺にニャンナが尋ねた。
一先ず、同行してくれた警備隊にソレの発見経緯の記録と、ソレそのものを回収して貰う。
ある意味、放っておいたら問題になるからだ。
そして――事件の概要も大体把握する。
☆
『サックウィル魔術学園』の全校生徒は少ない。
俺の前世基準の話だが。
富裕層の平民と、貴族の子息令嬢が集うといっても、他国からの留学生を含めても一学年三十人も届かない。
そんなゴロゴロいる方がおかしいという奴だ。
だから、人によっちゃ全学年の顔と名前を記憶できる。
俺は大雑把に記憶できている方だ。
見事なまでに全校生徒。更に教職員全員が集められているのか。
謂わば、料理人から庭師まで学園内にいる使用人、一人残らずである。
行事の式典で使われる講堂に全員が押し込められても余裕がある。
まあ、卒業式のプロムじゃ舞踏会をやるのだから、広さは十分確保しなくてはならない。
突然の出来事に、普段は大人しい貴族らも噂話を憶測なく囁き合っている。
俺を含めた教員が生徒たちから離れた窓側に並ぶと、自然に生徒たちは談笑をやめていく。
本格的な事件の概要について説明が始まるのだろう。
と、空気を読んだに違いない。
社交界に居座る貴族なだけあって、こういうところは目ざといもんだ。
強みを社交界マウントじゃなく自身の実力に活かして貰いたい。
恐らく、教員の到着と共にエカチェリーナが壇上に立つ。
筈だったが――ズカズカと大股で登場したのは、バジーリだ。
おい、エカチェリーナはどうした?
俺や他全員が疑念を抱く中、バジーリは堂々と宣言する。
「皆の者! この度、学園長……否!! エカチェリーナがそこの人間の平民、ジョサイアとの関係を告白した!! エカチェリーナ及びジョサイアはE王国の王命に反した容疑により、学園から追放となる!」
………は?
どこぞの小説みたいに不貞行為だの、婚約破棄だの、浮気だの騒ぐかと思いきや。
あー、コイツは頭自体湧いている訳じゃなかったんだな。
ちょっとだけストレス軽減だ。
しかし、王命? これは想定外というか。内容次第じゃマジの面倒事になるな。
ただ……
俺以外の――バジーリ以外の全員が別の意味で「は?」な表情なのは言うまでもない。
E王国の王命とか。
俺とエカチェリーナの関係とか。
くだら、なくもないんだろう。バジーリ側のE王国としては。
百歩譲って、本気の王命違反だとしても、今は『怪盗R』の騒動と機密文書の紛失が問題だろ。
一同がそういう表情を浮かべている。
むしろ、事件が解決したんじゃないかと期待した全員の淡い希望を打ち砕いて、訳の分からない問題を突き付けられたんだから。一種の不満すら抱く。
全校生徒には卒業式で婚約破棄する行為が、こういう場違いな輩が騒ぐようなものだと反面教師にして貰いたいものだ。
誰もが反応に困る中、珍しくゼッキロが突っ込む。
「ば、バジーリ殿? E王国の王命とやらの詳細が、我々には分からぬですぞ……」
「ふん。E王国において、女の義務とされる子孫繁栄に関する王命だ。彼女はI連合への転勤に伴い、E王国にてエルフ同士での子を産むよう責務がある。そう、人間とエルフのハーフなど認められないのだ。まだ未遂であったとしても王命違反となりうる」
口を開けば開くほど墓穴を掘ってないか? コイツ……
いや、バジーリの言い分は正しいのかもしれないが、それにしたって、もう少しこう、オブラートな表現は出来ないのか?
王命だとしても、女の義務に子供を産む責務、子供を作る相手の強制の三点セット。
貴族社会に政略結婚がある以上、下手に口出せないもんだが、どうしてこうも女性を蔑む態度を取るもんか。
女子生徒は貴族特有の表情隠しで取り繕っているが、視線は嫌悪を露わにしている。
法律関係と聞いて黙ってられなかったリッカルダが口出す。
「よろしいですか。バジーリ先生の仰る王命の全文を公開して頂けませんか。E王国の法律とを照らし合わせて、判断する必要があるかと――」
「黙れ! 女が出しゃばるな!!」
おい……
火に油を注ぐ真似は勘弁して欲しいんだが。
場の空気が険悪なものになっても、エカチェリーナは現れる様子はない。まさか、先にE王国へしょっぴかれたか?
いや、だったら俺も出席できる状況じゃねえよな。
仕方なく俺が割り込んだ。
「あの、すみませんが本題に入って頂けませんか」
「なんだ! 話題を逸らして罪を逃れるつもりか!! 貴様は弁解すらしないのか!」
俺はわざと溜息を大きくついて言う。
「機密文書の紛失について解決したのか、怪盗Rの侵入があったのかを全員が知りたいんです。生徒たちの不安を有耶無耶にして、私の話題をするべきではありません。もし王命違反の嫌疑がかかるのなら、ここで論争を繰り広げるだけ不毛でしょう。それこそE王国の裁判で行うものです」
本当にそうとしか言えない。
婚約破棄にしろ、王命違反にしろ、公共の場で言い逃れられないよう断罪劇を繰り広げたところで無意味なんだから時間の無駄。
だというのに、バジーリの返答はこうだ。
「それについては貴様が怪盗Rを手引きしたのだろう。奴と貴様の関係は全員が知っているぞ」
おい、ゴリ押しかよ。そこは。
仕方なく、俺は回収して貰ったあの証拠を挙げる事にした。




