いつから盗まれたと錯覚していた?
これはチャンスだと私は確信した。
元々、女のエカチェリーナが私より立場が上である事が気に入らなかった。
E王国では男が政権の主導者であり、女は子孫の繁栄に励むべきという思想だ。
しかし、外部では男女平等だの、女性が社会進出すべきだの、時代遅れだの他種族の思想重視となって、仕方なく合わせて来たが、どうも納得できない。
我々が何故、そのような思想になったか。
元はといえば種族差別でエルフを奴隷目的で狩り取っていた他種族共のせいだ。
エルフの人口がようやく落ち着いたのも、子孫繁栄に力を注いだ我々の努力の賜物だというのに!
エルフが長寿故に子孫が恵まれにくいのには変わりない。
それを継続する為の思想を、他種族の思想で阻まれるなど断じてあってはならない。
だからこそ、エカチェリーナではなく私が学園長の座に立つべきだったのに、E王国の重鎮共は実力でエカチェリーナの方を選んだ。
これには私だけではなく、他の若い衆も失望した。
我々の意思よりも、周囲の同調圧力に屈したのだから当然である。誇りを度外視したのだ。
表面上、E王国は平穏を保っているが、内部では重鎮共への反旗の声がくすぶっている。
そんな中、近頃、エカチェリーナが私に靡かないと思ったが、どうやら奴はあのジョサイアに気がある事を裏で掴んだ。
他種族の動向を探るべく、幾人か情報屋を雇っていたが、最近雇った情報屋からエカチェリーナの恋文を入手したのだ!
残念ながら私とエカチェリーナは正式な婚約関係ではない。
付き合ってもいない。
私の一方的な関係だ。
この時点で人間のように婚約破棄だ、浮気だと騒動を起こしても説得力は皆無。
だが、人間とエルフとなれば話が違う。
これがE王国へ伝われば、全く意味合いは異なる。
エカチェリーナにはエルフの女性としての責務があるのだ。
それを破るような真似は赦されない。エルフと人間の子など、短命の可能性が高い。育ちも違う。周囲と孤立する。どうなるかは目に見えている筈。
私とエカチェリーナはI連合の国籍を持っているが、エルフの――E王国においての責務はまだ継続されている。こちらへ派遣される際に、いづれE王国へ帰還し子供を産む事が王命として言い渡されているのだ。
エカチェリーナの親と話の折り合いもつけている状況で、この始末……
E王国の重鎮共も、流石に重い腰をあげるだろう。
今回ばかりは選択を誤る事はあるまい。
この証拠だけでもエカチェリーナを追い詰めるには十分。
問題は……ジョサイア。
だが、奴が何をしでかすか分からない。普段から考えの読めない男だ。余計な真似をされては困る。
どう処理するべきかと思案している時だった。
天は私を見離さなかったらしい。
巷を騒がす『怪盗』もどきが奴の教え子である事、挙句、学園へ盗みに入る旨を予告状でばら撒いたのだ。
ジョサイアを怪盗の共犯者に仕立てられれば――!
☆
単純だが、本来あるべき物がなければ、それが盗まれたと誰もが錯覚するだろう。
周囲を巡回する貴族の影や警備員、あとは怪盗を捕まえようと闘志を燃やすダルマツィオの脇を通り過ぎた私は、手っ取り早くエカチェリーナの魔法陣崩しを行う。
魔法陣の解析などエルフにとっては十八番だ。
このままでは流石にエカチェリーナの杖の花などの監視に引っ掛かる。
だが、対策済みだ。
所詮、杖の花は小さな花に自身の視界を神経を繋げる程度の事。
そして――何を隠そう、私自身もエカチェリーナと同じく土の魔法に長けている。初歩的ながら不自然ではないように空間を歪ませて、私がいないように見せかけるなど造作もない。
見つかる事なく、重要機密文書の保管庫に至り、魔法陣崩しに取り掛かる。
……やはり大した術式ではないな。
所詮、女の考えた魔法陣。綺麗に見せかける模様を描きたければ刺繡でもやっていればいい。
容易く魔法陣を崩した私は中身を確認した。
私は普通の機密文書には興味がない。
ただ、もう一つの証拠を得たかったのだ。……やはりある! ジョサイアがエカチェリーナに宛てた手紙だ!
空間魔法でエカチェリーナの部屋に、それらしいものがないと思えば……私物をこんなところにしまうなど!!
……しかし、恋文を保管しておくなど所詮、女か。
私はそれを鼻で笑い、あえてそのまま残した。
機密文書をただの白紙文書に入れ替えた
機密文書は薬品で溶かし、下水に流す。
これで学園から機密文書がなくなったのだから、盗まれたも同然。
あとは、私が保管庫の異常に気づいたように振る舞い、エカチェリーナを呼び出し、保管庫の中身を確認させた。
警備隊も同席し、保管庫から機密文書が『盗まれている』事を発見させた。
エカチェリーナが動揺する様は気分がいいが、大事な事も忘れない。
私は鋭く指摘する。
「待て。まだ書類が残っているようだが、あれは何だ。私には心当たりがないぞ」
「え? こちらですか……??」
警備隊が不思議そうに確認し「手紙のようですが」と返す。
私は怒鳴る。
「手紙だと!? 何故たかが手紙を機密文書の保管庫にしまってある! まさか、やましい手紙ではないだろうな。中身を確認しろ!!」
これで、この女も言い逃れできまい。
だが、警備隊は険しい表情を浮かべて「これは……」と内容が内容だけにすぐ口を開けないのか、戸惑いを隠さないで聞き返した。
「これは……何かのメモ?でしょうか」
「は?」
私は思わず言葉を漏らす。
手紙の文面までは確認していなかったが……何? メモだと? そんな馬鹿なと思いきや。
まさかのエカチェリーナ本人が粛然とした態度で答えた。
「それはジョサイア先生の手紙です」
私が「何だと」と追求するのを遮るように、警備隊の方が更に聞き返した。
「こ、これが手紙!? 本気ですか!!?」
「ええ。そうです。ジョサイア先生が私に宛てた手紙ですよ」
警備隊の方が何故か納得いかない様子なのが訳の分からない。
だが、私は問い詰める事を止めなかった。
ここまで来て中断する理由もない。
「エカチェリーナ! どういう事か説明しろ!! 王命に反する行為と見做すぞ!」
「この件に関しては、後程ご説明します。まずは皆様に今回の一件を説明しなければなりません」
呆れたように一息ついた奴の態度が気に食わないが、警備隊も奴の自白を聞いている以上、言い逃れはできない。
だが、思えば、何故エカチェリーナが堂々と認めたのかを疑念を想うべきだった。




