若返りの薬を作りたかっただけで不老不死の薬はいらない
文通を始めたのは、例のダンジョン活性化を対処後、俺を気使ってくれた礼をしたのが切っ掛け。
互いに資料を渡すついでに、サロンの職員会議の前後とか。
時折、すれ違うたびに何故か内密にやっていた。
俺もニャンナがコッソリ様子を伺ったり、生徒たちに噂もされたくないので、密やかなのは有難かったが……
その理由も、幾度か文通を交わす度に判明する。
どうやら、エカチェリーナはバジーリが好きではない。
あれはバジーリの一方的な好意でエカチェリーナ自身は、頭を悩ませているらしい……
要所要所でそんな節があったが、困った事にエカチェリーナの親はバジーリを婚約者にしても構わないと言い出した。彼は優秀で、学会で功績を残し、政府にも魔法陣考案の実績を残したからだ。
だが、エカチェリーナは断っている。
学園長の座について間もないのに、恋に現を抜かす訳にはいかない。
生徒の為に、生涯学園長として捧げたいと言い訳しているらしい……が、親はせめて子孫を残して欲しいと想いがあり、エカチェリーナ自身もそこは同意していた。
……つまり、バジーリ以外の優秀な婚約者が欲しくて途方に暮れるエカチェリーナ。
とんだ傲慢な女だ。
しかし、バジーリが嫌ってのも、男の俺でも何となく理解できる。
ああいう男は、自分の思い通りにいかないと……ってタイプ。女も自分の思い通りになって欲しい奴だろうよ。
にしても。
俺は何となくエカチェリーナと文通をしているが、コイツは何をしたいんだろうかと改めて思う。
まさか、俺に惚れているのか?
自棄に俺へ声かけしてくるような、あと俺の手に触れたり、文通もそうだが……
………まさかな。
本当にない。ミディア以上にないし、俺自身はエカチェリーナが好きではない。恋愛感情を抱かれて一番困る。
他にも、親が月に一度手紙を送ってくるものだから、一応、適当な手紙を出したり。
ミディアから薬の素材を、頼んでもないのに色々と送られてくる。
ランディーも今は他国で活動している。
薬と魔法陣を連動させた薬も色々と新薬を開発しているが、満足する代物は完成できてない。
ゼッキロに確認して貰っているが、未だに寿命の変化がない。
そんな最中。
ヘルコヴァーラの杖の先端にある宝石のような花が一つ落ちていた
杖が成長する予兆かと思ったが。
同時にダイヤモンドのような輝きを放つ花を見て、そういえば――と俺はジャンの言葉を思い出す。
ヘルコヴァーラの性質。
細かい魔力管、超吸収した魔力を耐久性に変換すると同時に、生命エネルギーとして蓄える。
成程。
コイツを使えって訳か?
運命的なものを感じ、俺は杖の花に濃度の高いエネルギーがある素材を調合していく。
無難に俺の体質――光属性の素材を重点的に選ぶ。
ミディアには大分貸しを作る事になったが……光属性でSランクモンスターの光龍・ヒルデガルドの心臓。
最高級品である光属性の植物・インニェイェルド。
光属性の鉱石でも希少なヴィルギーニア。
などなど……
「……完成した」
ヒルデガルドの心臓だけでも十分なエネルギーがあるのに、それらを詰め込んだ特性薬をヘルコヴァーラの杖の花に詰め込むと煌びやかな発光と共に吸収。
そして、それを俺の神経と繋ぎ合わせれば……
っと、その前に。
俺は『スキャン』で確認する。……なんだこれ。効力は老化改善どころか若返り効果、全てを解説するとキリがないので端的に言ってしまうと『不老不死』に近い代物が完成してしまった。
近い。
変な言い方だが俺なら『不老不死』状態になれるだけで、他の奴が使っても『不老不死』にはなれない。
条件がいくつもある。
まず、副作用が尋常じゃない数ある事。俺なら『サイクル』で克服できるから問題ない。
次に、『不老不死』状態が続くのは、ヘルコヴァーラの杖の花の薬品がなくなるまで。なくなったら効力は消えてしまう。
まあ、第一に素材の収集が困難である事。
他に、これが光属性対象の代物。他の属性の人間には適していないという事。
「作りたかったのは、こういうのじゃねぇんだよな……」
恐らく、世界七大偉業の一つを達成したと評価されるかもしれないが、別に『不老不死』を目指してた訳じゃない。
コイツを使えば、あの糞神が黙っちゃいない――
ビシッ!
俺が杖の花で完成させた『不老不死』の薬を掌で持て余していると、どこからともかく、否。
最初から俺の部屋に仕込んであったエカチェリーナの杖の花から、木の枝が生え、俺の手を止めている。
糞な女だ。
プライバシーの糞ったれもない。だから、研究内容も暗号化した文章にしてあるし、糞女が嫌いと学園内で口にもしていないのだ。
ノックもせずにエカチェリーナは、奴が持つマスターキーで入ってくる。
普通は何事かとなるが。
俺が完成させた薬が入った杖の花を魔法陣で覆い、封印した。
溜息ついて俺は険しい顔するエカチェリーナに告げる。
「使いませんよ」
「……しかし、この世にはあってならない代物です。他にもこんなにも薬まで開発されて……」
エカチェリーナは、まるで俺が世話焼き野郎みたいな言い草をしてくる。
だが、同時に。
「これらを公表すれば、ジョサイア先生も――」
と何か誘うように言うから、俺が遮った。
「公表するならエカチェリーナ学園長がなさって下さい。俺は興味ありませんので」
肝心の若返りの薬は、未だに開発できていないのだから。