「ここは俺に任せて先に行け」をリアルで言うハメになるって想像できるか?
青天の霹靂……じゃない。
突如として。
いや、俺も薄々予感はしていたが、確証がないので大手振るって話をしなかった方だ。
だが……予期していても、人々にとっては異常事態で、混乱が収まらない状況だろう。
『モンスターの大量発生』だ。
ダンジョンの活性化。
よりにもよって兆候は、俺が四年生を引率しにいったEランクダンジョンで発生していた。
少し時は遡って……
いつも通り、俺は生徒の指導するが相変わらず今回のグループは話を聞かない連中だ。
聞いているようで、ヒソヒソ話をしたり、親に強請って用意したであろう武器を落ち着きなく触れてたり。
強めの口調で「ダンジョン内では油断しないで下さい。命の危険が及ぶ事もあります」と警告するが。
彼らにとっては前任の冒険科担当の冒険者が恋しいようで。
いつだって「前の先生の方が優しかった」「今の先生、きついよな」「こんな難しい宿題出された事なかった」と陰口をよく聞く。
……俺が出している問題や宿題は冒険者や、そうじゃなくても最低限のダンジョン知識ばかり。
前任は真面目だった反面、冒険者としては生温い奴だったらしい。
俺の教える内容を見た生徒が、どれも「前の先生の授業だと、こんなの習ってない」と発言したのを何度も聞いた。
分かってはいたが、学校内での俺の評判は悪い方だ。
俺の教え子たちはフォローなんかしない。ハーレム作ったり、婚約破棄の予兆を起こす野郎どもだぞ? 自分の実力だと過信して馬鹿やってる奴らに何も期待できないだろ。
唯一、俺と話を盛り上げられる相手はゼッキロぐらいしかいない。
と、まぁ。
最悪な雰囲気でダンジョン研修は毎度やっていた。
……が、案の定、Eランクダンジョンなのに異常なモンスターの出現速度。
強さは生徒が相手するにはちょうどいいレベルだが、次から次へと湧き出て来る有り様だ。
俺は即座に活性化状態にあると判断できたが、あえて即撤退の指示はしなかった。
馬鹿は死んでも治らない。
生徒たちは「何かおかしい」「いつもと違う」と嫌でも理解しないと、俺が即撤退を指示しても「何言ってるんですか」と意固地になって踏みとどまるだろう。
なんせ、敵は強くないからな……
いよいよ、生徒たちも「先生! 敵が多過ぎます!!」と悲鳴を上げた所で。
俺は一旦、モンスターを『ホーリートルネード』で一掃。生徒たちに『ヒール』をかけて言う。
「ダンジョン内が活性化している状態です。君たちは隊列を崩さずに脱出をし、ギルドに報告して下さい。大丈夫です。脱出まで、私が『杖の花』で君たちを支援します」
「え、先生は……」
「君たちが安全に脱出し、ギルドから冒険者の支援が来るまでモンスターを食い止めます」
「いや、でもこの数は――」
「この程度のモンスター出現率は、CランクやAランクには断然劣りますよ。何も問題ありません。……さあ、早く!」
……で、Eランクダンジョンの活性化程度。
俺とヘルコヴァーラの杖の花による遠隔射撃などもあれば、余裕で数時間やっていけた。
死ぬわけがない。
ただし……他が問題で。
俺の所に冒険者の派遣が遅れたのは、どうやら他のダンジョンも複数一斉に活性化が発生した為で。
Eランクダンジョンへの対応が遅れてしまった。
昨今の情勢のせいだ。
俺は少なくともI連合国の政治情勢が混沌としているのと関連していると推測している。
あくまで……推測に過ぎないが。
ダンジョンという『システム』そのものが、この世界の神によって操作されているなら……操作とまでいかずとも、確立されたプログラムであるなら、全て納得がいく。
これじゃ、しばらくは校外学習もままならないな。
活性化のダンジョンを目の当たりにした生徒の何人かは、不穏な表情をしている。Eランクダンジョンの活性化程度で、そんな顔されたら今後、冒険者としてやっていけねぇぞ。
流石にそこまで強く言わず、俺は「今日はよく出来ました。活性化での立ち回りとしては満点です」と生徒を煽てておいた。
そんな最中。
ギルド内であれこれ噂が広がっていく。
「Eランクはともかく、BランクやAランクのダンジョンまで活性化するなんて、一体どうしちまったんだ」
「俺達じゃ。Eランクの対処に回るしかねぇよな」
「ああ、でもSランクパーティ達なら余裕だろ!」
「マスコミにあれこれ持ち上げられてるけど、実力は本物だもんな……」
俺が出しゃばるまでもない。アイツらが勝手にやって、勝手に盛り上がればいいさ。
俺と生徒たちは学園専用の移動車(エカチェリーナが施しただろう魔法陣を応用した)に乗って、ギルドから去っていく。
現場の冒険者たちに任せ、俺達は蚊帳の外だ。
……多少。久しぶりの良い運動になったとでも思っておくか。
俺達が帰還すると、エカチェリーナが直々に出迎える。
ダンジョンの活性化に出くわしたから、流石に不安に思って。そんなところだろう。
だが、エカチェリーナは生徒そっちのけで俺から声をかけてきた。
「ジョサイア先生。生徒たちを避難させただけでなく、数時間も活性化の対処をして頂きありがとうございます」
………。
俺は「いえ、当然の事をしたまでです」と、ここではそう受け流そうとした。
エカチェリーナは「お疲れでしょうから、自室の方へいかれて下さい。後は私が対処しますので」と述べる。
……普通の事かもしれない。
だが、些細な奴の気使いから全てが始まったのかもしれない。
俺とエカチェリーナは密かに文通を始めた。




