上手く話が通るなんて事、あってたまるか(常識的に考えて)
サロン内の空気は、心地良くない。なさ過ぎる。
エカチェリーナが用意したティーセットに手をかけているのは、俺とエカチェリーナだけ。
ゼッキロはマナーも糞もなく、硬った態度で椅子の上に体育座りしており、バジーリはカツカツと苛立った様子で靴を鳴らし続ける。
どれもこれも、エカチェリーナとバジーリが俺とゼッキロの魔法陣に目を通し始めてからだ。
俺としては渾身の出来……と自惚れる訳じゃないが、少なくともゼッキロのドワーフの製鉄魔法陣を利用した防御魔法陣は多少評価されると思った。
だが、バジーリが怒声をあげたのは――
「何だ! この魔法陣は!! 肝心の魔法陣崩し対策がないではないか!」
ゼッキロの魔法陣に対してだった。
「ヒイッ」と情けない悲鳴を漏らすゼッキロに代わって、俺がフォローをする。
「お待ち下さい。ゼッキロ先生の魔法陣は防犯だけでなく、外的要因全ての防御も担っているものです。この、高濃度の火の魔素、いえ地熱エネルギーの素に下手な刺激を与えるのは非常に危険です」
所謂、高濃度の地熱エネルギーとはマグマ溜まりのこと。
そいつに刺激を与えない意味じゃ、ゼッキロの魔法陣は有益だ。
他にも利点がある。
「この魔法陣を幅広く展開する事で、満遍なく地熱エネルギーを行き渡らせる事も可能でしょう。魔法陣崩し対策は置いておき、ゼッキロ先生の魔法陣の発想は素晴らしいです」
そしたら、バジーリが顔をしかめる。
「待て。こちらはゼッキロ考案の魔法陣なのか?」
……そこなのか?
じゃあ、俺の魔法陣の評価はどうなっているんだ。って突っ込みは、この際、問題じゃない。
俺はエカチェリーナの顔色を伺う。
優雅に紅茶を含んでから、奴は一拍おいて喋り出す。
「バジーリ先生。双方どちらの魔法陣も、I連合国の資源を悪用されない為の物です。ジョサイア先生のご意見も参考になりますが」
「冒険者のこ奴が魔法陣だと?! ……ッ! 大体、ゼッキロは何故、こんなのを提出した!」
ガタブルするゼッキロの代わりに、俺が答える。
「ゼッキロ先生はまず、大元の防御魔法陣を優先したのは今回の怪盗Rに誘発され、地熱エネルギーや浸透水を悪用しようと下手な真似をする輩の対策です」
ゼッキロではなく俺を睨み付けてバジーリは罵倒する。
「優先するべきは怪盗R対策だ! 素人の屑はエネルギーを悪用する発想そのものがない!! もし仮に、怪盗Rが隣国まで浸透水を引き伸ばす真似でもして見せろ!」
「……砂漠地帯のような深刻な資源不足の地域はI連合国周辺にはありません。それに奴が二度も似たパフォーマンスを繰り返す事はないでしょう」
「何を根拠に――」
そしたら、エカチェリーナが割り込む
「彼はジョサイア先生の教え子です。だから、ご存知なのでしょう。彼がどのような性格で、ある程度の行動思想を」
「はあ!?」
バジーリは半信半疑の驚きをするが、エカチェリーナは冷静だった。
この女は知っていた。ああ、E王国経由で情報が巡ってたのか……?
例の――ランディーが魔法陣崩しをしW国から脱国した小さな記事を差し出して来た。
そして言う。
「ジョサイア先生はかつてW国に滞在され、多くの功績を残されたとE王国より報告を受けております。その際、怪盗R……ランディーに魔法陣の知恵を授けた事も」
バジーリが「なんだと!?」とエカチェリーナに問いただす。
「分かって、こ奴を採用したのかエカチェリーナ!!?」
「勿論です。そうでなくとも、彼が地位や名誉に無欲。冒険者として献身的であることが、彼を今期の冒険科の教員として選んだ理由の一つです。そして、彼には責任感があります。今回の件も、彼自身、怪盗Rの件について深く後悔なさっているのでしょう」
後悔……というのはないが、まさか凶行に走るのは想定外だった。
というより。
ランディー=怪盗Rの認知も、やはりジャン辺りのエルフ経由でエカチェリーナにも把握されている訳か。
新聞記事では些細な一面しか記載されてないランディーの脱国事件すら。
奴自身、周囲に多大な迷惑と責任を負わせたが知らん顔で自由奔放に今日も、何をしでかそうかと模索している。
一応……俺に対し、犯行予告をしてきた訳だ。
その対策をしておく為であり、表沙汰でいう責任でもある、というかエカチェリーナは遠回しに俺が責任取れと訴えている風に聞こえる。
ゼッキロが小声で「ま、マジですか」と俺に聞き、バジーリは睨みを利かせ、エカチェリーナは無言の圧力を俺にかけていた。
渋々、引き下がりながら俺は答える。
「ええ、そうです。……しかしながら、まさか、このような事態に発展するとは想像がつきませんでした。私は一冒険者の身に過ぎません。私の魔法陣が立場上、採用されると自惚れてはおりません。ゼッキロ先生の魔法陣を主軸に、あるいは他の案を用いて――」
バジーリが即座に「貴様の意見など聞いていない!」と反論を被せる。
ああ、これでは駄目だな。
呆れた俺の傍らで、エカチェリーナが「バジーリ先生、サロンではお静かにお願いします」と注意を促した。
舌打ちするバジーリ。
改めて魔法陣に目を通すエカチェリーナが「皆様に改めてお話があります」と述べる。
「怪盗R、その他の悪用行為の対策を講じる案――様々ありますが、我々教員・教授からの案があれば提出し、参考にしたいと政府直属から書面を頂きました。I連合国は本格的に地熱などの自然エネルギーを利用する政策方針に移行します。その為に、幅広い分野の方々の意見を取り入れると――ゼッキロ先生以外にも、ジョサイア先生やバジーリ先生の意見もです」
「私もか……?」
まさか、薬剤師の自分まであげられるとは予想外なバジーリの反応だった。
驚き半分、喜びも半分垣間見える表情である。
「大事になってきましたな……」と呟くゼッキロを他所に、一先ず、エカチェリーナは言う。
「今回、お二方の提案を政府には提出いたします。貴重なご意見ありがとうございました」
ゼッキロが唐突な宣言に焦って「ちょ、ま、だ、出しちゃうんですの!?」と素っ頓狂な声を上げ。
バジーリは眉間にしわ寄せ「ジョサイアの魔法陣はよせ!」と言う。
先程のランディーとの繋がりを聞くと、俺の意見は怪しいと感じられても仕方ない事か。
エカチェリーナは冷静に告げた。
「提出するだけです。政府が書面を受け取り、どう対応するかは向こう次第になります。ジョサイア先生の魔法陣にご意見があれば、バジーリ先生からも何か提案をお願い致します」
「……フン」
バジーリは気に入らない様子だが、果たして政府が冒険者如きの意見を受け入れるか……
☆
そして、寮監の一人――歴史科のリッカルダという女は入学式当日に姿を現した。
二十代後半で、貴族の令嬢だったらしい。
彼女はギリギリまで各国を巡っている性格らしく、歴史文化に熱中するあまり、婚約破棄されたが、それをエカチェリーナに買われて教員となったんだとか。
ロングウェーブの茶髪に体型は、そこそこ平均的な女性。ニャンナみたいな極端な巨乳でもない普通の女に見えた。
俺に対する挨拶も、社交辞令じみたアッサリした対応だったので、むしろ俺は安堵する。
ようやく、様々な生徒たちが学園という箱庭に入った。
ここから漸く、俺の『趣味』が楽しめる訳だ――…………
評価・ブクマして頂きありがとうございます!
作者のモチベーション維持の為、ブクマ登録または広告下の評価☆を押して頂くと幸いです。




