国から追放されて冒険者の教員として光魔法で無双したいが、出来ません
ガランガランと派手な鐘の音で、俺は目が覚めた。
今、何時だ……六時半!?
いつもなら五時に起床してたんだが……ええと、そうだ。資料にもあったな。学園生活に慣れる為にも、通常通りの起床ベルを鳴らすって。えーと……一日のスケジュール表は。
俺が再度確認したのは、寄宿舎内の一日のスケジュール。学園で住み込みになる寮監も、大体がこれに従う。
6:30 起床
7:00 朝食
8:30 各寮のホームルーム
9:00~12:00 授業
12:00 昼食
13:00~15:00 授業
15:00~16:00 サロンタイム(教職員は職員会議)
16:00~18:00 授業
18:00 夕食
19:00~22:00 自由時間(生徒は図書館に出入り、自習、寮監に質問へ伺う、入浴など行う)
22:00 就寝
……もし、この通りなら朝風呂入って身支度するのもアリだな。
昨日はエカチェリーナが食べて寝ろと促したので、そのまま就寝した。
なので朝風呂に入って、身支度し、そんでもって朝食は……まだ食堂は解放されないから、俺の部屋に運んでくれるのか。
ああ、そうそう……寮監や俺以外、貴族護衛の『影』以外にも学園関係者職員ってのがいる。
その一人が来る頃だろう。
俺が身支度を終えたら、ドンドンと激しく自室の扉を叩かれた。
きっと、昨日の件を根に持ってるんだろう。
朝食を運びに来た初老過ぎの料理番の女性の声が扉越しから響く。
「朝メシ持ってきたよー! ちゃんと起きてるんだろーねぇ! ひょろっちょいの!!」
「……起きてます」
俺が扉を開ければ、料理番が朝食を運んだワゴン台をそのままズイッと部屋の中まで押し込む。
初老過ぎなのにハイテンションめな料理番は、割烹着のまま一方的にあれこれ言う。
「冒険者ってのはガッツリ寝て、ガッツリ食う奴じゃないんかい! 前の奴とは全然違い過ぎてひいちまうよ!! ホラ! 今日のは豚肉の塩漬け焼きに、溶かし卵焼きと野菜ね! これをこうしてパンに挟んで香辛料かけたら美味いよ~!!! あと暖かいの薬草茶!!」
「わかりました。ありがとうございます、食べますので――」
「もっと腹から声出しな! そんなんじゃ生徒に声が聞こえないよ!!」
……そうだ。俺は思いついた事を一つ尋ねる。
「学生が来るとなると、食器洗いなど大変ではありませんか? よければ私が手伝いますよ。光属性ですので、洗浄は得意です」
「え? なーに言ってんだい。そりゃ、あたしらの仕事だよ! アンタはアンタの仕事をしな!!」
なんだ……つまらない。
いや、これが普通の反応なんだけどな。
食事を終えた所で、別の人物が部屋をノックしてきた。小柄ながらも力持ちなドワーフの女性。
彼女は寮の管理をする寮母。
「失礼しまーす。あ、エカチェリーナ学園長からご説明を受けていらっしゃると思いますが。今後、私がジョサイア先生のお部屋の清掃、あと週に一回。シーツの取り換えと、ベッド周りの清掃を行います」
「ああ……それなんですが。私個人でやりますので、お構いなく。私は光属性で清掃魔法は使いこなせています」
「いえいえ! これは私の仕事ですから!! ジョサイア先生はえーと、本日は9時からマナー講座を受けるとお聞きしています。それまでごゆっくりお過ごしください」
……。
無暗に部屋を出入りされるのは嫌なんだが……拒否したら、変に疑われ兼ねないか。
改めて周囲の散策をして、あの学園長の杖の花の位置を念の為確認したり、清掃どころかないかと目を凝らした。
結界があるとは言え、数名の警備員が巡回。
俺が食べ終えた食器がのったワゴン台を片付ける給仕を行う使用人。
まだ使用されてないが、図書館やサロンの清掃も使用人たちが各自行っている。
それに、連中の俺に対する態度。全て学園長のエカチェリーナによる育成と采配によるもの……無駄な奴は雇ってない。
各々に役割を与えて、責務を負わせている。
「暇つぶしは出来そうにねぇな」
裏を返せば、俺にとっては退屈な空間だ。
「はぁ~……」
と、退屈そうな溜息を漏らしたのは、俺じゃなく中庭の手入れをしていた庭師。
奴だけ新入りなのか、気だるい様子で芝生を整えている。
俺は試しに声をかけてみる。
「どうかしましたか? 随分、お疲れの様子ですが」
「へ? あ、アンタ。誰?」
態度も言葉使いもなっていない庭師に、俺は「今期から冒険科に配属されたジョサイアと申します」と自己紹介しておく。
彼は「はあ」と無関心な様子で返事をする。
俺が教員だと分かって、相応の態度でも取るのかと思えば、全然違った。
「冒険科ってことは冒険者? いいよなぁ。アンタらは楽に稼げて。冒険科で適当に教えるだけでも金が手に入るんだろ。それに比べて俺は、ちまちま芝生とかの長さを整えるだけさ」
「――手伝いましょうか。均等に長さを揃えて剪定作業であり、生垣の形を整える程度でしたら私には容易です」
「え? いいの??」
「むしろ、この広さの中庭含め、全ての選定作業を貴方一人に任せる方が如何と思いまして」
「いや~、助かったわ! まだ中庭だけで手一杯で、宿舎周辺は全然なんだよ! 枯れ葉が酷いから、それ片付けて――」
いい魔法運動になりそうだった場面で「すみませんが」と俺達に割り込んできたのは、エカチェリーナだった。
庭師は流石に緊張して姿勢を正している。
俺が普通に「おはようございます。学園長」と挨拶をするが、彼女の様子は芳しくない。
「ジョサイア先生。他人の仕事を奪ってはいけません。庭と宿舎周辺の選定作業は、彼を含む庭師の役目です」
「……それは失礼しました。何か出来ることがないかと暇を持て余していまして」
「でしたら、少々早いですがマナー講座の方を始めましょうか。昨日の資料を持ってサロンの方にいらして下さい」
「はい……」
……クソが。
『杖の花』で監視しているのは分かっていたが、細かいところまで口に出しに来やがった。
これだと生徒に対する監視も厳しくない方がおかしい。
エカチェリーナの性格を考えるに、婚約破棄騒動に発展しそうな生徒同士のトラブルも無視しないだろうな……普通に考えると。
それから、サロンで今後、冒険者として役立たないであろう雑学知識を頭に入れる俺。
カップを置く時、ソーサーで音を立てないとか。
三段トレイの食べる順番だとか。
マジで冒険者として需要ない知識ばかりだ。雑学的マナーだとしても、この学園生活以外じゃ役立ちそうもない。
うんざりするような講義を終えた後、俺は一つ。エカチェリーナに尋ねた。
「学園長。俺の杖についてご相談があるのですが、よろしいでしょうか」
「貴方の……ヘルコヴァーラの杖。素晴らしい完成度ですよ」
完成度、か。エルフらしい評価だな。
元は棒きれ状態だったあの杖も、最近、解析するとランク価値がAに到達していた。
今後、Sランクに到達するかは定かではないものの、俺が口を開く。
「杖の花や結界を通して観察されてるのでしたら……どうなんでしょうか、学園長。あの杖は『危険指定武器』に入りますかね」
ピクリとエカチェリーナが僅かに反応する。
以前、ガヴィーノ騎士団長との会話で俺も考えていた。
後々……俺の死後、ヘルコヴァーラの杖が悪用されないよう処理する手続きするには、武器自体が危険因子であるのを権威ある人物、複数名から認められなければならない。
エカチェリーナと、ここの寮監たちの署名が貰えれば御の字だろうな。
ヘルコヴァーラの杖は……以前、ランディーが盗んだ『スリンゲルラント』のように武器単体だけで被害を及ぼす類ではないし。強いて、そのランク下……危険指定武器が妥当。
目を伏せて、エカチェリーナが囁くように喋る。
「確かに……危険指定武器に属すると思われますが。何故、そのような事を? もしも貴方がBランクに降格してしまいますと、危険指定武器Aランクに認定されたヘルコヴァーラの杖を使用する事が……」
「私がAランクを維持すればいいだけの事ですし。万が一、ヘルコヴァーラの杖が没収されても、私は痛くも痒くもありません。私は武器に固執しておりません。これは冒険者として、もしもの将来を考慮し判断したまでの事……おこがましい身ではありますが、ヘルコヴァーラの杖を学園長と寮監の方々に危険指定武器認定して頂けませんか」
「……」
少々、エカチェリーナの口が開いたままだった。
彼女は咳払いし「わかりました」と言葉をどうにか紡いだ後、改めて俺を一瞥する。
「貴方は相当の変わり者ですね」




