そして、博覧会へ
ここからは実に淡々とした話になる。
早朝、M国の連中が集い。
彼らを先頭に次、並ぶのはE王国。W国側の俺とミディアは最後尾からついてゆく事になった。
M国の王族はE王国が発案した魔法陣で浮遊移動する騎乗物に乗っている。
そこから眠たそうなキチョウの声が聞こえたが、それきりで俺は二度とキチョウと巡り会う事は無かった。
遠目から威厳ある鬼人――M国の支配者『ノナガ』の姿も拝められたが、彼もまた俺と交流する機会は最後までなかった。
所詮、そんなものである。
道中、モンスターが出現しても同行する鬼人の冒険者らが積極的に倒し、メイセイが死骸を処理しているので俺の出る幕もない。
まさしく、金魚の糞だった。
だが、この状況下で目立とうなどする奴は、逆に何だと感じるがな。
国境を跨ぐ中、俺とミディアはW国とE王国の助っ人という事で、どうにかA帝国出身者だが入国を許可されていった。
ヘルコヴァーラの杖は珍しがられただけで、特段、警戒されなかった。
性質を知らない検問官や、性質を知ってでも杖として使いこなせないだろうと影で笑う検問官まで。
様々いたが、唯一、ヘルコヴァーラの杖を警戒……関心があったのは、闇属性の魔導書を発動させてくれると協力を申し出たE王国騎士団長のガヴィーノ。
博覧会への旅路の途中、初老過ぎた風格あるエルフ・ガヴィーノに俺はヘルコヴァーラの杖の件で話しかけられた。
「ヘルコヴァーラの杖……勝手に使おうものなら窃盗なのだから自業自得、と私の部下に言ったようだな」
「ああ……ええ、そんな話もしましたね。無論、今後とも他の方がむやみに手出ししないよう注意を払います」
「なに。そう固くなるな。……ワシら、エルフの身としては杖の行く末に興味があるのでな」
「俺の死後、どう杖を処理するか。ですか?」
確かに、厄介な杖だから――そういう場合のケースは想像もしなかったな。
どうするべきか。
死後……I連合国の役場というか、国自体に危険物保管所的な施設が幾つか存在した筈。
いつの日か、手続きでもしておくべきか。
なんて俺は考え込んでいたが、当のガヴィーノは笑いを溢す。
「そうではない。相性のいい杖に巡り合えた者の生涯は、その杖の元になった木言葉の由来にされる」
しかし、ヘルコヴァーラの杖そのものが――この世界じゃ俺だけが所有するもんだ。
故に、ヘルコヴァーラに木言葉は無い。
これから、つけられるかもしれないって事か。俺の生涯で。皮肉だな。
ガヴィーノは、腑に落ちない様子で言う。
「主もなかなかどうして、変わり者だな。名誉国民から降りるだけでなく、功績の欲もないとは」
「いえ。欲はありますよ。それが冒険者としての功績ってだけで」
「なんでも、ソロ活動できないからとか」
「ソロじゃなくても四人以下のパーティが認められないというのも……決して、W国はW国としての方針を揺らがないのは良しとして。やはり、個人的にソロ活動の方が向いてるんです」
「上手く現場を指揮していたそうではないか」
「あれは仕方なくです。いっそ、全てのモンスターを自分で処理した方が楽なくらいです」
ガヴィーノに大きく笑われ「面白いこと言う」と話を締められた。
以降、ガヴィーノと目立った対話もなく。
I連合国に到着。
入国手続き後、博覧会の準備で使い魔の試運転を幾度か行う。
博覧会当日、俺とミディアはそちらには出向かない。
当然だろ。A帝国の連中と鉢合わせしたら、どうする。俺はともかく、元Aランクで勇者のミディアなんて顔が知られててもおかしくない。
I連合国のギルドには、宿舎がないので自力で居住を確保しなくちゃならなかった。
取り合えず、博覧会当日なのに俺とミディアは物件探しをする。物件紹介の店の従業員も少人数で、今日来るのは珍しいという感想が顔に出ている。
ミディアも、俺とシェアハウスをしたい――なんてラブコメ染みた事は言わずに。俺と同じ場所だが、安めの共同住宅を借りる事にした。
剣を扱うミディアは、剣の加工を担当する鍛冶師の工房を把握したり。
周辺一帯の店の場所を大方網羅して、最後にギルドへ登録を済ませた。
W国での功績あってか、俺もミディアも共にまずはCランクからのスタートである。
……が。
ここで初めて分かったのだが、どうやらI連合国にはポイント制が設けられており。
上半期、下半期ごとにポイントが規定数より下回ればランク降格。上回ればランク昇格。
らしい……じゃあ、上手く調整すればAランクに行かずに済むじゃねーか!
「先輩。悪い顔してる」
と、ミディアに突っ込まれたが、俺も「お前こそ、どうやってくつもりだよ」と聞き返す。
奴は「先輩とたまにパーティを組む。それ以外はいつも通り」と答えた。
その調子だと、Aランクのとっとと昇格しちまいそうなんだがな……
最後の最後に……
博覧会が終了後、ジャンと最後の介入をした。
使い魔云々を奴に押し付ける結果になったんだが、向こうは興奮気味に「凄い評判だったよ!」と称賛してくれた。
魔導書を用いている件なども考慮して、結果は大成功に終わったらしい。
ついでに、最近発生した高ランクダンジョンの調査を求める宣伝もしたそうな。ここぞとばかりに、ちゃっかりしてる。
帰国間際となるとジャンも名残惜しそうに言う。
「君のお陰でW国も大きく変わったよ。ダンジョンの事もあるから冒険者が集ってくれるだろうし、きっと魔法陣の研究者も増える。いつかまた、機会があったらW国に立ち寄って欲しいな」
「ええ、冒険者をやっていたら、クエスト関係で来るかもしれません。その時はよろしくお願いします」
さてと……俺もダンジョン調査の準備をして、ついでに副業探しでもしておくか。
ジャンと別れ、いよいよ完全に俺はW国と縁を切った。
残念ながら二度と足を運ぶ事はないだろう。
ただ……俺がI連合国の生活に慣れ始めて、しばらくした後、W国で起きた事件が載った新聞記事に目が止まった。




