本当に俺、何もしていないんですけど…
一人の少女、正しくは鬼人族の少女がミディアとポートがやっていたダミー訓練に対し、声を上げていた。
少女の恰好は綺麗な着物風で王族の娘だろう。
それを示すかのように従者らしき大柄の男鬼人が「お嬢!」と彼女に呼び掛ける。
少女は、ミディアとポートに割り込む形でダミーを金属製の棍棒で叩く。
案の定、全てのダミーを倒しきれずに訓練の制限時間が終わってしまったから、少女は地団駄を踏む。
「ぬあ~! もう一回じゃ! もう一回やらせろ!!」
仕方ないので従者の鬼人に俺が声をかけて「すみません、貴方の属性はなんですか? 『ファミリアー』は使用できますか」と確認して、鬼人は「ふぁみ? ……『式神』のことか?」と困惑しながらも。
使い魔――M国で言う『式神』は使用できないと言う。
仕方ないので、俺が訓練用の魔導書を起動、我儘お嬢様の機嫌をそこねないよう。
ミディア達がやっていた特訓よりも遅めに動くよう設定した訓練ダミーを出現させた。
それらを全て倒し終えると「ふん! こんなの簡単じゃ!!」と満足気に帰って行った。
しかし……ミディア達がやっていた難易度はBランクダンジョン想定のもの。
俺が展開させたのは、Cランクダンジョン想定で速度と出現率を低下させたDランクダンジョン未満のもの。
子供でも、あのくらい戦えるのか……流石は近接世界一の種族だな。
想定外の邪魔が入ったが、俺はミディアとポートに声かける。
「これで特訓の邪魔はいなくなったな。それで調子はどうだ」
「私はいつも通り。Bランクダンジョンに行きたい」
「僕も何とかBランクダンジョンの訓練に対応できれば、行きたいと思います!」
二人は再びダミー特訓を始める。
この二人はいいとして、残りはランディー頼りだな。
とは言え、アイツは……今日、珍しく宿舎に残っているかと思えば『杖の花』を操作して何かしようと術式を組み込んでいる。
一応、俺が術式を教えたとはいえ……あれは。
「お! 出来た出来た!! 水と土は集まり易いけど、他がな~……取り敢えず、魔法使ってみるかー」
ランディーの奴、まさか。
「キャ~! 大変!! それ以上はやめて~~~!」
おい……なんなんだ。
今度は裏手の菜園から悲鳴が上がった。声の主は土属性の治療師と、薬剤師のリーナ。
嫌々、俺が現場へ向かうと。
ようやく、拡張し整備されてた菜園にて、件の我儘お嬢様が「なんじゃ!?」と逆に驚いていた。
「土が乾いておるから、ヨシナが水を撒いたのじゃ! そうであろう!!」
「え、ええ。そうですとも。このヨシナが土に水を与えました。不器用ながら某、水の魔法を使えるもので。我らの若い衆がここの世話になる以上、多少なりの事は――」
長々と語られそうなので、リーナが割り込んで説明する。
「今朝、水はまいたばかりなんですよぉ! しかも、こんな水たまりが出来る程、水を与えてしまっては返って植物を枯らしてしまいますぅ!!!」
「なぬ!? み、水を与えすぎても枯れる!!?」
もう見てられないので、アタフタしているリーナと土属性の治療師に俺の書いた魔法陣を発動するよう渡す。
土の魔素を操作し、吸い上げてしまった水の魔素を地下へ移動させた。
植物が過剰に水を吸い上げないよう、魔法陣で一時的にコントロール。
土の表面に残ってる水は、ポートに頼んで、水の魔素コントロールの初期魔法『ウォールター』で処理。
一先ず、菜園は元通りに戻った。
思わず本音で「向こうに遊具施設があるので、そちらで暇を潰せるかと思います」と俺が言い。
流石の従者も「すいやせん」と頭下げて。お嬢様の方は「あ奴、メイセンのような陰陽師であったな!」と興奮気味に言う。
これで場が落ち着いたかと思えば、受付嬢が申し訳なさそうに俺を呼ぶ。
「すみません。昨晩、鬼人族の方々が勢い余って壊してしまった所を修理して頂きたく……お部屋の方も、入室の許可は降りているので修理をお願いしても……」
だろうな。
宴会場になってたバイキングスペースから、宿泊部屋まで。
経験値稼ぎとは言え、面倒な作業だ……これに昨日覚えた『サイクル』が活用できればな……
と思いきや。
派手は破壊音と共に少女の叫びが聞こえる。
「妾が掴んだだけで取れてしまったぞ! ぬあ~!! もう一度差して……ぐぅ~!」
今度は何やらかそうとしてるんだよ!
結局、今日一日は我儘お嬢様に振り回されてしまった。
我儘お嬢様は「優秀な陰陽師じゃな!」と褒め言葉を貰うが、俺がじゃなく、お嬢様が破天荒過ぎて……迷惑かかってるだけなんだがな。
まさか、これでとんでもない方向になるとはな……




