ハインツ・ハンクシュタインの苦悩
ハインツ・ハンクシュタインは、何故自分の職業が農民になってしまったのか。
未だ納得していない。
ただ、両親はむしろ喜んだ。
農民は農民でも、稀少な火属性の農民だったからだ。
幸いなのか、皮肉なのか、ハインツの両親は如何に火属性の農民が重要なのかを理解しており。
ハインツにもその重要性を教え、彼に自信を与えたのである。
それでも、ハインツ自身は納得できなかった。
どうして自分の職業は、父親と同じ剣士じゃないのかと。
事情を知らない友人からは馬鹿にされた。学園内も対応も職業のせいで、明らかに変わった。教師の態度だってそうだ。
ハインツの父親の爵位のお陰で、目立ったイジメのようなものは無かったが農民ってだけでコレである。
ハインツは心底呆れた。
所詮、信用というのは、その程度のものだったのか。
学園の交流繋がりで辛うじて繋がりがあった職業信奉者のクリストフと、今時珍しい婚約破棄騒動を起こしたランディー、職業が鑑定士だったもので廃嫡されたセドオアで冒険者としてパーティを組む事になったのは、あれよあれよと決まったものだ。
ハインツが火属性の農民としてレベルを上げる為には、やはり冒険者で活動し、モンスター討伐やダンジョン調査でレベルを上げるしかないのだと父親に言われた。
正直、ハインツの内心はすさんでいた。
周囲は農民という職業で馬鹿にし。
両親は珍しい火属性の農民に期待し。
実際、火属性の農民がどんなものかを知ると、過酷以外の何物でもない。
クリストフ達は、ハインツの立場を理解していないようで「農民だろうと火魔法があれば冒険者として十分活躍できる」と元気つけてくる。
内心、コイツらも農民の自分を見下しているんだろうとハインツは見えない形で孤立していた。
とにかく、とにかくレベルを上げようと必死になってモンスター討伐の依頼を受注し、積極的に前衛で戦っていたハインツだったが。
職業や魔法のレベルは上がっているのに、肝心の農業関係のレベルが上がっていないのだ。
(クソッ、要するに農業関係のスキルレベルはモンスターを倒しても上がらないのか……?!)
なので仕方なくハインツは、W国内の農家を尋ねて事情を説明し、土地の一角を貸して貰えた。
だが……その頃だった。
唐突に、ハインツの畑仕事をする現場にクリストフ達が現れ、頭を下げられたのは。
「すまなかった! ハインツ! お前の事情を知らないで……」
どういう経緯か、クリストフ達はハインツの職業の立場を知り、その件で和解をした。
その日、クエストに同行した冒険者が教えてくれたらしく。
ハインツも、その冒険者の名――ジョサイアを記憶した。
それから、クリストフとセドオアはハインツの畑仕事の手伝いに来てくれた。
逆にランディーは冒険者の活動に没頭していた。
土弄りより、冒険者の方が楽しいと楽観的な態度のランディーだったが、ハインツから見れば珍しくランディーが積極的だと感じたのだ。
婚約も、学校の授業も、何か特別な趣味を持ったこと無いランディーが、だ。
何故なのかと聞けばクリストフ達曰く、ランディーはジョサイアから色々と教わっていると聞いた。
クリストフ達もジョサイアから冒険者としての知恵を教わり、冒険者活動に積極性は増した様に見える。
(なんだそれは……)
ランディーがどういった活動をしているか、噂のジョサイアがどういう人物なのか、何一つ知らないが盛り上がって。なのに、自分は必死になっていて。
羨ましく感じた。そして、自分は何をしているんだともハインツは悩むようになった。
ダンジョン調査を続けていたランディー達が、ハインツをCランクダンジョンの調査依頼に誘った時。
ハインツはふと思い出す。
所謂、基準だ。
火属性の農民に最低限必須なのはCランクダンジョンをソロで切り抜けられる能力だと。
四人以上のパーティを組むのは必須だが、先行しているという事でハインツは無理矢理Cランクダンジョンへ突入した。
自分の実力を確かめる為に。
結果は散々だった。モンスターは次から次へと湧いて出て、いつものように対処できない。体力が追い付けない隙をつかれて深手を負ってしまった時。
眩い閃光と共に、一人の魔術師が現れた。
灰色髪で白髪交じり、老け顔の男という外見からクリストフ達から聞くジョサイアだとハインツにも分かった。
彼が現れたと同時に無数の光魔法が飛び交って、ハインツの周囲にいたモンスターを殲滅。
残った魔力を無効化させるモンスターも、独特な杖で薙ぎ倒し。
あっという間だった。
最早、彼一人でダンジョンの攻略など容易じゃないかと思えるほど圧巻で。
このレベルじゃないと駄目なのか、とハインツは絶望していた。
このままじゃ退けない。
ジョサイアに回復して貰ったからには、ダンジョン調査も続行だと思ったが、ジョサイアは撤退を提案してくるのだ。
自分は魔術師であって治療師ではない。治癒は完全ではないし、出血も多いからには貧血状態でダンジョン攻略は不可だと。
更にはダンジョンの失敗の報告が、父親だけではなく、父親から息子を頼むよう任されたクリストフ達にも責任が及ぶかもしれないと言われ。
トドメには、ジョサイアから「そういう風に死んだ馬鹿はな、腐るほどこの目で見てきた」「このまま無理に強行しても死ぬだけだな」と宣告された。
本物の冒険者から、鋭い眼光で告げられればハインツも項垂れて、従わざるを得なかった。
☆
病院に運ばれて以降、ハインツは無気力だった。
傷は癒えたが、精神的にどうしようもない。
父親から手紙が来たが内容を見ないで破り捨てた。クリストフ達が面会に来るが、とてもじゃないが合わせる顔がない。
途方に暮れる中、また今日、クリストフ達が面会に来たという。
看護師が「ジョサイアさんという方が、ハンクシュタイン様にどうしても謝罪をしたいと」などと聞いて、ハインツは耳を疑った。
一体、何か謝罪する事もでもあっただろうか。
「クリストフ達には会いたくないが………ジョサイアって奴は、いい」
彼は別に、ハインツが火属性の農民だから、とかそういう偏見はないと思えたからだった。




