貴族冒険者、転職す
ジョサイア達が、ジャンの研究所で杖選びや魔導書で盛り上がっている内に、日は暮れていく。
丁度いい時間だろうと、ダンジョン調査とモンスター討伐の依頼を軒並み奪った貴族冒険者らがギルドに帰還した。彼らの一部からは酒の臭いがする。
不真面目かつ、廃嫡同然の所業をして改心の兆しもない貴族冒険者らにとって、討伐クエストはジョサイアの前世世界でいう狩猟感覚なのだ。複数人寄って囲ってモンスターを叩きのめし。規定数まで討伐したら、事後処理(所謂、モンスターの毒素処理)を行わず、開けた場所で優雅に酒とつまみを嗜む……
最早、バカンスに近い。
冒険者としての責任感の欠片もないのだ。
出迎えた受付嬢は、平民の職員らしく「おかえりなさいませ」「討伐、調査の方、お疲れ様でした」と頭を下げて社交辞令を述べるが、貴族冒険者らからは何の反応もない。
これが常だった。嫌味言われないだけマシなのだろう。
しかし、今日ばかりは受付嬢の隣で周囲の水を漂わせて浮かんでいる小さなイルカ型の使い魔が、カタコトで喋った。
「ホンジツ、騎士団長サマ ガ 皆様 ニ オ話 ガ アルト 所長室 ニテ オ待チ デス」
「……んあ? 誰だ、不快な音を聞かせるのは!」
「ホンジツ、騎士団長サマ ガ 皆様 ニ オ話 ガ アルト――」
「生き物が話してやがる!」
「変な喋り方だな!」
イルカが使い魔である事も看破できないどころか、それが行う挙動を侮辱する暴言。挙句、面白がって子供のように使い魔を掴みかかったり、叩いたりする始末。
受付嬢もそれを制止したくとも、貴族相手には強く出れず。
ここで、わざと大きく咳払いして現場に登場したのは、威厳ある雰囲気の初老の男エルフだ。
長寿のエルフが老いている年代は五百歳以降。服装からも、地位ある人物であるのは間違いない。
貴族冒険者らも、彼の姿を見るなり大人しくなって多少、姿勢を良くした。
それから小声で話し合う。
『確かE王国の騎士団長だろ、アイツ』
『なんでここに』
『さっきの生き物、もしかしてアイツのペットとか……』
『オ、オイ。勘弁してくれ。そうだったら……』
再度、騎士団長のエルフが咳払いして、静まり返った。
ようやく、彼は重い口を開く。
「穏便に話が通じる輩とは思っていなかったが、ここまでとはな……仕方あるまい。主らの両親が主らを廃嫡せず、ここへ冒険者送りした理由は分かるであろう。主らの更生を願ってのものだ。しかし、だ。更生の兆しは愚か、冒険者の心得も持たぬ者に最早、擁護の仕様もあるまい」
「俺……わ、我々は討伐も調査も行いました!」
「主らから酒の臭いがするが?」
「か、帰りに少々です! まさかクエスト中に飲む訳ないでしょう! まともに戦えなくなります!」
貴族冒険者らの姿勢が自棄に低いのは、彼らはW国が裏ではE王国の支配下にあり植民地的な扱いであるのを把握しているからだ。流石にそこは彼らも入国する前、両親から聞かされたので注意を払っている。
だが、彼らは嘘をついた。
彼らを監視し、盗聴した内容をジョサイアが使い魔を飛ばしてギルドに報告していたし、横暴なクエスト受注に警戒したギルドも国に報告。
それを受けて派遣された監視役のE王国出身のエルフが、ジョサイアとは別に監視していたからだ。
証拠が揃い過ぎて逃れようもない。
故に、E王国の騎士団長は低く告げる。
「主らの動向は我々が監視し、主らが放置したモンスターの死骸も我々が処理をしたのだ。アレを放置すれば害をなす事を知らなかったでは済まされぬぞ」
「え!? そ、それは」
「今日だけです! 今日はダンジョン調査もあってつい、忘れてしまい」
「ダンジョン調査自体、主らは行わなかったのも把握しておる。飲食店で屯っていたのもな」
「俺は店には行ってない!」
「だが、ダンジョン調査を行ったと虚偽の報告を提出したな。それも今先程にだ。……今回の処罰は今日だけに限らず、これまでの主らの言動・成果・全てを鑑みてのものだ」
「「「「処罰!?」」」」
「なに。D連邦へ炭鉱送りにはまだせん。冒険者の職務を怠慢したとして、冒険者の職につく権利は剥奪する。W国国内の他の職に転職するのだ」
「「「「………」」」」
今まで楽してきた因果応報ではあるが、貴族の彼らで出来る職など他にあるのか。
まだと暗喩に『D連邦への炭鉱送り』をチラかせているのは、一種の脅迫に近い。
他のE王国騎士団団員がギルドに押し入り、貴族冒険者を取り押さえる中。
騎士団長は入れ替わるように立ち去る。
その際、イルカの使い魔が喋った。
「オ帰リ デスカ? マタ ノ オ越シ ヲ オ待チ シテ オリマス」
「……ふむ」
意味深に騎士団長がイルカの使い魔に横目をやり、改めてギルドから立ち去った。
次回は帝国側のざまあ回になります。
連続でのざまあ回になって本編が進まないので一応のご報告です。




