馬鹿と鋏は使いよう
この時間帯だと冒険者の大半はクエストで出払っていて、書庫には誰もいない。
書庫の本は日焼けした古い代物ばかり。
清掃魔法と共に『ホーリー』で紙を研磨してやると、あっという間に新品同然の白さを取り戻す。
簡単だが、書庫内にある本全てに行うとなると地道な作業になりそうだ。
さて、本命の魔法陣関連の文献は腐るほどあった。
とは言え、有名どころの著者は学校の図書館で大体読み終えたものばかり。エルフが所蔵したと思しき文献が多く見つかるが、全て目を通すのは無理がある。
適当に流し見しながら選別した。
「最近所蔵された奴か、ありがたいな」
珍しいものが見つかった。鬼人の魔法陣に関する文献だ。
鬼人以外にも獣人や人魚の魔法陣に関する文献を確保した。
近年、ようやく人間と交流を深めた種族に関する類は乏しいので、エルフに勤勉さに感謝するばかりだ。
ふと気づけば。
魔法で感知しなかったら気づかない程、集中し論文を書いてる貴族の令嬢が書庫の奥にあるスペースにいた。
奴が向かっているテーブルに山の如く置かれているのは――
『モンスターを美味しく食べるコツ』
『最新版 モンスターの食用化について』
『毒素の対処法』
どうやら、食糧難問題に取り込んでいる貴族の物好きらしい。
モンスターを食べれるようになれば、死骸処理も食糧難も解消され一石二鳥だ!と浮かれる輩が多いからだ。
あれらの本は俺やA帝国の連中には役立った。
モンスターが興奮状態になると、人間で言うアドレナリンみたいに毒素が分泌されてしまう。
なので食用化にする際、手際よく討伐する手順が載っている。
他にも、興奮状態でなくとも毒素が満ちているモンスターの処理方法も記載されている。
言わばモンスターの攻略法。
毒素を抜く死骸処理方法が事細かにあるので冒険者には是非、目を通して欲しい参考文献である。
タイトルが『モンスターの食用化』という冒険者の実用には縁遠いからか。
ギルド連中も見向きしないジャンルだからか、折角需要ある内容が知られぬまま埋もれていっている。
現に、この令嬢も――
「……ハッ。ごめんなさい。ひょっとしてコレをお読みになりたいのでしょうか?」
「いえ。本を綺麗にしたかっただけです」
「へ?」
「数秒だけよろしいですか」
俺が積まれてあった本全てを包むよう魔法陣を展開させると、瞬く間にどれもが新品同然の紙の白さと背表紙の肌触りを取り戻す。
これで一通り、書庫の本は洗浄し終えた。
最後は、令嬢が座っている席だけか。
貴族の令嬢に席立つよう頼むのは、なんだかな……面倒だ。絡まれたくない。
あそこの掃除はまた今度にする。
「それじゃあ、俺はこれで」
ポカンとしている令嬢を置いて俺が書庫から出て来ると――
「あ~! いたいた、おっさん!!」
ヘラヘラした態度で俺に話しかけて来たのは、あの胡散臭い結婚破棄野郎・ランディーだった。
一体なんだと思ったが、クリストフ達の姿はなくランディー1人だけ。
変な事を持ち込んで来たのかと、気だるい俺に奴は言う。
「おっさん。暇なんだろ? 俺と一緒にダンジョンついて行ってくれよ!」
……なんだと?