私の声が聞こえますね?貴方の精神に直接話しかけています
「おーい、新人! これ洗ってくれよ!!」
夕方頃になるとクエストを終えた冒険者たちが、どやどやと帰宅する。
畑仕事や家畜関係の業務後だと、衣服の匂いも汚れも酷い。
向こうも、俺が光属性で清掃は得意だと分かって押し付けているのだろう。
俺も俺で彼らが戻る前にアレを完成させて良かったと思う。
「衣服はこの中に入れて下さい。勝手に洗濯が始まりますので」
「ん? なんだこりゃ」
宿舎の一角に俺が配置したのは洗濯機。
……ハイテクな機器ではなく、球体状の人魚式魔法陣が複数浮かび、中では泡立つ水と共に衣服類が回っている。
空間内にできる限り球体が置けるよう洗濯中の球体は天井に移動していた。
俺はついでに言う。
「靴も一時間以内に洗浄・消臭ができますよ。あ。今、これが終わりましたね」
「お、おお」
ちょうど最初の洗濯が完了し、自動的に球体が降りてきた。
衣服も、靴も、汚れどころか臭いまで完全に消し去った。
洗濯が終了すると魔法陣は自動的に消滅する。その際、中の衣服類を籠に入れるよう、魔法陣に指示を組み込んである。
球体魔法陣が二つ消滅すると、一角に配置されてある魔導書から自動的に新たな球体魔法陣が二つ出現。空間内に留まる。
そう、これら一連の動作を処理する術式を魔導書に書き綴ったのだ。
とは言え……魔導書一冊分で管理できる洗濯機もとい洗濯魔法陣は最大ニ十個。
術式も複雑だ。
たとえるなら、箱型パソコンとかガラケーとか、そんなレベル。
同じ原理で夕食後の食器洗いも、球体魔法陣に食器を入れて洗浄を済ます……食器洗い魔法陣を使った。
冒険者たちは便利に「光魔法って楽だなー」「掃除とか、お前がやってくれた方が良さそうだ」とこき使う気満々なのが、逆にありがたかった。
環境次第じゃ「他人の仕事を奪って」と文句叩かれそうな事をしている自覚は、ある。
前世で散々言われてたからな……変な所を警戒しているのは、そのせいだ。
冒険者たちが飲み会を始めている内に俺はクエスト受注の為、受付へ向かう。
いつもの受付嬢がいたので、例の洗濯魔法陣と食器洗い魔法陣の魔導書を二冊、渡して置いた。
誰も使わない山のようにあった魔導書が全部引き取った俺を、変な目で見ていた受付嬢は、またもや困惑気味だ。
「これ……使ってもいいんですか?」
「ご心配なく。これらは、俺の魔力を使って発動する仕組みになっています。使わない時は、魔導書を閉じて頂ければ自動的に魔法陣も解除されます。使う際は、ここのページを開けば自動的に発動しますので」
「は、はあ。……あ! ジョサイアさん、もしかして宿舎の壁を勝手に塗ったのって」
「塗ってませんよ。あれが本来の宿舎の色です。相当汚れていたんですよ」
「ええ!?」
洗濯機造りで一日潰していた訳じゃない。
まず、庭の手入れをした。
とくに裏庭は、ポーションなどの薬草を栽培する菜園があったのに、誰も手入れされず荒れ放題だったのを生き返らせた。
役立ったのは『ホーリー』。
面倒な雑草を根ごと消滅させるよう『スキャン』で分析、威力調整した『ホーリー』で消し去った。
一見、簡単そうな雑草除去も魔法で解決させるとなると難しい。
火属性の魔法で燃えるとしても、周囲に火の魔素が満ちているだけで植物は育たない。
『ホーリー』なら問題ないし、光の魔素が満ちていると植物は育ちやすい。
雑草も育ちやすくなるが、そこも俺の十八番。菜園に設置した魔導書に、魔法陣で雑草除去のホーリーをする術式を組み込んだ。
次に宿舎全体。
冒険者たちからの聞き込みで把握した雨漏りしている箇所や、床が軋んでいる箇所などの修復。
それから、宿舎全体の清掃。
冒険者たちの部屋までは入っていないが、食事処や台所、冒険者たちの集い場である出入口入ってすぐにあるリビング兼広間。
宿舎の外壁と屋根は『クリーンウォーター』に『ホーリー』を組み合わせ、洗浄力アップしたウォータージェットで洗いつくした。
冒険者たちは暗くて気づかなかったからか宿舎の外観や裏庭の菜園に触れないで飲み会を繰り広げている。
「ちなみに、宿舎全体に防音対策のシールドを展開しておきました。防ぐのはあくまで音だけで、出入りには問題ありません。一応、食材を運んで下さる貴方にはお伝えしておこうと思いまして」
「言われてみれば向こうから騒音が聞こえません。す、凄いですね。そんな事も出来てしまうなんて……あの、やっぱり前回の治療のクエストなんですが」
「物を直したり、洗浄したりは光魔法の基本です。治癒となると話は別ですよ。それより、クエストの方は?」
「それが……」
「ああ、ないなら明日はこっちの宿舎で色々清掃をさせて頂きます。とくにあそことか」
俺が清掃し甲斐があると踏んだのは――書庫だ。
如何にも埃が詰まってそうで、薄暗い雰囲気じゃないか。
ついでに魔法陣の本を拝見させて貰おう。
☆
その日の夜、俺は夢を見た。
否、正確には夢ではなく――『声』を聞いた。
声は男っぽいような、女っぽいような、中性的な大人の声だった。
『私の声が聞こえますね? 貴方の精神に直接話しかけています』
『何から説明すればいいでしょうかね。人間の貴方は倫理観的にも許容し難い話かもしれませんが』
『薄々、気づき始めている筈です』
『貴方が私の「落とし子」である事を』
『……おや。意外にも貴方は「私が親」と誤解はしないようですね。人間の落とし子の多くはそう誤解するんですよ』
『私は貴方がた人間がいう「冥府神」に該当する神格です。名は■■■■』
『そして、貴方は私の落とし子になる訳ですが』
『……ああ。そもそも落とし子を知りませんか。落とし子は神格の力の分散体です』
『分散した力が生命体となるケースが大半ですが、貴方のように分散した力が別種族に憑りつくケースも少なくありません』
『落とし子の大半は勝手に生まれ落ちたもの。神格の多くは無責任に放置が常識ですが、私は有効活用させて貰いますよ』
『貴方は落とし子の中でも成功例ですから』
『何が? 転生ですよ。転生』
『もしかして、何の意味なく自分が転生できたと思っていたのですか? 不思議ですね』
『貴方が転生できたのは、私の「冥府神」の力が発揮されたからですよ』
『さて……貴方にはその世界の調査を行って貰います』
『主に資源や環境が有益かどうか。惑星の価値と寿命の調査です』
『定期的に私が交信をするので、その段階での定時報告をしてください。』
『調査が終了次第、その肉体を捨て、別の生命体への転生を行うようお願いします』
『それでは』




