異世界は魔導書とともに
翌日、俺は休みだった。
俺以外の平民冒険者たちにクエストを確保されてしまったので、受注できるクエストがなかったからだ。
非番の俺は調理と掃除の当番を任せられた。
なので、今日も早朝に起床し、職員が食材を運ぶ前に湯を沸かしておく。
昨日と同じ時刻に、例の受付嬢が食材を運んで来た。
向こうは何だか気まずそうに「おはようございます……」と挨拶する。
俺は気にせず挨拶を交わし、食材の下ごしらえを始めながら改めて尋ねた。
「すみません。念の為、確認しておきたい事があるのですが」
「は、はい。なんでしょう」
「最初に食堂などの設備は無償、物資も無償、武器の貸し出しも無償……というのは貴族の方だけのサポートという事ですか?」
「いえっ! 皆様が活用しても決して問題ありません!! ……なんですが。その」
案の定、人目がない場所だからか、受付嬢は申し訳なく正直に言う。
「平民の方々と貴族の方々とのトラブルが絶えないんです。食堂ではとくに……」
「成程。設備は書庫だけ平民が活用しても大丈夫そうでしたが」
「ええ、貴族の方は誰も使わないですから」
ふと受付嬢は思い出したらしく、顔をあげた。
「低ランクの武器の貸し出しは全然問題ありませんよ! むしろ、誰も使わないでホコリを被ってるくらいです」
「あぁ。貴族の方は自前で優秀な武器職人に作って貰っているみたいですね」
「そうなんです……ジョサイアさんは、杖など持っていないとお聞きしたので。どうでしょう?」
武器の件は、クリストフから教えて貰ったんだろうか。
しっかし、討伐クエストが舞い込んで来ないってのに武器ねぇ。
一応、聞くだけ聞いてみる。
「ちなみに、どういったものがありますか?」
「はい。杖は小・中・大と認定された長さを。低ランクの魔水晶も三パターンのサイズをご用意しています。あ! 魔導書もありますよ」
へえ、魔導書か。魔法陣使いには願ってもない代物だ。
俺の元居た世界でたとえるなら『スマホ』だな。
魔導書本体がスマホ本体。魔導書に書き込む魔法陣の術式はアプリ。
好きなアプリをスマホにインストールして楽しむように。
好きな術式を魔導書本体に書き込み、魔力をそそいで手軽に魔法発動する。
あと魔導書と呼ばれているが、紙ではなくギルドカードの素材にも用いられてる異世界鉱物『ミスリル』で作られている。
誰もが耳にした事あるだろう『ミスリル』。
さぞ高価なんだろうと、俺の元居た世界の人間たちは思う筈だが、意外や意外。案外、そうでもない。ミスリルは異世界だとメジャーな鉱物だ。
質の良し悪しで価値が変化するだけで、質の悪い奴なら平民でもミスリルを入手可能。
ギルドカードを作るのに使われているミスリルも質が悪い安価な奴だから、手軽に発行して貰える。
……魔導書を使って試したい術式があるから、借りるだけ借りてみるか。
☆
「次、攻撃」
『ワオン!』
平民の冒険者たちがクエストで出払ったあと、俺が魔導書を借りて完成させたのは――犬の使い魔。
一番の見どころは魔導書を記憶媒体にするよう組み込んだ術式だ。
使い魔を産み出す『ファミリアー』は光属性以外でも覚える唯一無二の共通魔法。
これの欠点は複雑な命令ができない事だ。
俺も術式の簡略化し、漸く二つ三つと命令を増やせたが、即展開する魔法陣では二つ三つが限界だった。
だが、魔導書は違う。
書き込める量が格段にある。
魔導書本体に使われている素材がミスリルなのがいい。質が悪いとはいえ、簡単スマホ程度の簡易プログラムをぶちこめる。
将来的には、疑似的なAIプログラムを組み込んで、個人や物体の判別、判断、戦闘、補助……という具合に出来ることを増やし、人類が夢見たアンドロイドレベルに到達できるだろう。
……ぶっちゃけ、ただの趣味だがな。
出来た所で、魔法陣は時代遅れ。評価されないんだから、しょうもない。
俺としては術式が正しいか立証したかっただけ。
試運転の使い魔は、ちゃんと反応してくれたので俺の術式は立証された。
これは次へ向けた前段階に過ぎない。
「よし、これで洗濯機を作るぞ」