各々の事情(ただし婚約破棄、テメーは駄目だ)
渓谷手前に、何匹がモンスターが徘徊していた。
一匹、二匹ならともかく、『スキャン』で軽く調べただけでも十数匹確認できる。
ダンジョンから溢れるモンスターの処理が追い付いていないのか、貴族連中がサボっているか、まだ何とも言えない。
俺はホーンラビットとニードルラクーン……角が生えた兎とハリネズミのように針が生えた狸のモンスターをそれぞれ合わせて十匹倒し、死骸を罠に入れて、適当な場所に設置した。
それから集合時間までに、町で副業候補を漁る。
職業を探すなら、そりゃ役所にいけば一発なんだろうが、役所が紹介してくれるのは『給料が出る仕事』であって『俺が求めている副業』ではない。
所謂、光魔法を生かせる雑務だ。
配達業でも、農業でも、清掃業でも、この程度は人を雇うほどではないと判断される雑務は腐るほどある。
俺が発掘したのは――無難な清掃業だった。
が、単なる清掃じゃない。
パン屋や工場など、年期があったり、頑固な汚れがある厄介な場所の清掃だ。
こういう方が経験値稼ぎには有益なんで全然文句はない。
少なくとも、仕事が奪われることは無いからな。
さて、問題は――……
☆
最初、ここにいる貴族連中は狩猟感覚のお遊びじゃないかと俺は疑っていたが、必ずしもそうとは限らないようだ。
今回のパーティのリーダー『クリストフ・ル・クレジオ』。
B共和国の貿易商『クレジオ商会』の息子、それも長男の方だ。
少女漫画にいそうな、さわやか金髪青年のクリストフは挨拶がてら俺に自分語りをする。
「俺の両親は貿易商を営んでいるが、熱心な『職業信奉者』さ。かく言う俺自身も『職業信奉者』で冒険者の道を選ぶのに、さほど抵抗はなかったが……弟に家の事を全て押し付ける形になってしまったのは心残りなんだ」
この異世界では、あるある思想がいくつかあり。
その一つが『職業信奉者』。
職業は神より授かりしもの。
故に、職業は己の使命であり、存在意義なのだ――という思想。
クリストフのように貿易商のボンボンでも『剣士』の職業に目覚めたならば、その道へ向かうべきとなる。
クリストフも『職業信奉者』だからいいものの、そうでない場合は苦労する。
家督を継ぐ気満々だったのに、両親が『職業信奉者』で強制的に家から追い出される。なんてのは珍しくない。
くしゃくしゃの黒髪に眼鏡をかけた気弱な男が、オドオドしく挨拶した。
「ぼ、僕はセドオア、です。今はただのセドオアで……クリストフ君と同級生です。職業は鑑定士……なので、家から廃嫡されました」
異世界あるある二つ目『職業差別』。
どんな職業でも使い道はあるんだが、貴族になると貴族に相応しくない職業を持った子は劣等種だと差別され、追放・廃嫡。
そういう貴族連中は、『剣聖』や『聖女』といった高貴の職業を持ってる癖して、実戦経験皆無。
本当の意味で才能の無駄だ。
胡散臭い三枚目っぽい黒短髪の男が、気さくに言う。
「俺も自己紹介する流れ? 俺はランディー。セドオアと同じ廃嫡されて、クリストフ名義でここのギルドに所属できました~。よろしく~♪」
それにセドオアが突っ込む。
「いや、君は僕と違うし、廃嫡もされてないだろ!?」
「あれ? そうだっけ~。されたと思ったんだけどなぁ」
仕方なく、クリストフが説明した。
「ランディーは先月、『婚約破棄騒動』を起こしてしまってね。彼の父は大層お怒りになったさ。俺が冒険者として彼をパーティに入れると申し出た所、冒険者として生涯を捧ぐなら……と辛うじて廃嫡を取り消してくれた」
こ、コイツ。いや、コイツ……馬鹿か!
親が考えに考え抜いた『政略結婚』を台無しにしたなら、廃嫡されるべきだろうが!!
残念ながらこれも異世界あるある三つ目『真実の愛からの婚約破棄』だ。
昔はこんな非常識な思想なかったらしいが(あってたまるか)近年、ある小説が貴族間に流行った。
それが、政略結婚を切り捨て、本当の、真実の愛を教えてくれた相手と結ばれる……世間体曰くロマンティックな恋愛小説。
作中にあった大衆の面前で婚約破棄というラストシーンに、感銘受けた若者がこぞって婚約破棄をやり始めたらしい。
一時期、あまりの婚約破棄の多さに混乱した国もあれば、それに乗じてクーデターを起こされた国、小説自体を禁書にし作者の死刑を求めた国、『真実の愛禁止法』なる馬鹿げた法案を通した国まで。
近頃、落ち着きを取り戻して、ブームは過ぎ去ったと思ったんだが……
当のランディーはこう弁解する。
「違うって! なあ、おっさん。聞いてくれよ! 俺の婚約者がかわいー顔して糞でさぁ。その家には愛人の子だからって蔑まれてる娘ちゃんがいたから、そっちと婚約しよーって持ち掛けたのに」
……おっさんって俺の事か? 二十だぞ。俺は。
まあ……冒険者としてなら廃嫡はなし。
生温い措置に見えるが、そもそも冒険者は生死と隣り合わせ。安全出世なんてできっこない職業だ。
つまり、冒険者として名誉の死が残るなら廃嫡は留めておく。
だが、このランディーが冒険者としても使えないなら、今度こそ廃嫡だろうな。
それで……もう一人いる筈なんだが、揃ったのはこの三人だけ。
「あの、もう一方はどちらに?」
尋ねると三人がうかない表情をする。
「ハインツ君。クエストに参加したくないって……どこかに行ってしまって」
「職業が『農民』だぜ? 限界感じたんじゃねーの??」
「最近までレベル上げに専念してたんだが、レベルを上げても意味はないとクエストに参加しなくなったんだ……」
……は? 何言ってんだコイツら??
まさかと思って話す。
「仕方ないですよ。モンスターを倒しても職業レベルが上がるだけ、農民のスキルレベルは上がらないじゃないですか」
「「「?」」」
おいおい、冗談だろ?
何も知らねーじゃねぇか、コイツら……




