俺達の冒険はこれから、ちょっとだけ続く
「アイツを追う? 無駄な事するんじゃねえよ。普通に冒険者やってろ」
「冒険者やりながら。どうせ、他にもロクな事しない」
俺はE王国専用の乗り物を観察しながら、色々な話を抱えて超特急で駆けつけてくれたミディアの話に耳を傾ける。
サックウィル学園前はマスコミが騒がしいので、俺とエカチェリーナは中庭から出国する事になった。
俺たちが乗り込む形状としては飛行船に近い。
魔素で浮遊移動し、方向転換も機敏で360度自在にコントロールできる優れモノだ。
夜通し飛ばして二日後、E王国に到着するのだとか。
この機体はエカチェリーナやバジーリを含めたI連合に派遣されたエルフ達を運んだもの。
非常時にE王国へ渡れるよう、飛行場で停泊していたらしい。
表面上の魔法陣だけじゃ全貌は把握できない。ついでに見せて貰えるだろうか。いや、俺は容疑者だから自由に動きまわれないか?
俺が観察し、ミディアと会話する中。
向こう側で機密文書の一件で連行されようとしているバジーリが、叫んでいる。
「どういうことだ!? 証拠の手紙は厳重に保管した筈……!! 何故このようなことに!」
「し、しかし、事前に土魔法で封印を施す寸前では確かにあったのですが、中でこのように塵となってしまい……」
「急いで復元しろ! くそ!! 手紙を復元した男の魔法が甘かったせいで……!!」
準備を終えたエカチェリーナはバジーリを完全に無視し、俺に話しかけた。
「ジョサイア先生。関心を持たれるのは、程々に。あちらの重鎮の方々をお待たせする訳にはいきません。魔法陣の方はE王国についてから、幾らでも観察して下さい」
「……すみません。あと、ここから、教員ではなくなるので先生というのは些か変かと」
「ふふっ。そうでしたね。ではジョサイアさん、行きましょう」
ミディアに見届けられながら飛行船は浮上していく。
想像以上に船の振動はなく、浮上による重力を体感しつつ前進する。
一定の高さへ到達すれば浮上はなくなり、安定した速度を保ったまま、船を水平に保ったままI連合上空を通り、やがてI連合本土から離れ、以前俺が国境を通った道なりを戻る形でE王国方面へ。
飛行船の内部は――とんでもないほど豪華だ。
豪華客船の内装を、そのまま持ってきたような形と広さ。というか、そういう趣旨のものをわざわざ使ったんだろう。
エカチェリーナはこう説明する。
「E王国が所有する飛行船は二機しかなく、この客船用のものと王族専用のものしかございません。王族専用の船は有事の際に必要な為、自動的にこちらを使用する事になりました」
「ああ、なるほど……しかし客船仕様とは。普段は、エルフの貴族がご利用されるもので?」
「いえ。元は国際交流の為に設計されたものですが、未だE王国が他種族の立ち入りを認可せず、宝の持ち腐れ状態になっております。このような形で処女航海するとは思ってもなかったでしょう」
一応、俺とエカチェリーナは容疑者だが、特段監視されることは無く。
それどころか、無駄にだだっ広いレストランで食事を取ったりしていた。
従業員全員エルフなので、俺だけが浮いている。
ハタから見れば贅沢を満喫している状況で俺はエカチェリーナに確認、いや答え合わせを行った。
「幾つかご確認したいことがありまして……よろしいでしょうか」
優雅にシャンパンを飲みながらエカチェリーナが済ました表情で「なんでしょう」と聞き返す。
「私が気になったのは二つ。一つ目はバジーリ先生……いえ、バジーリさんが保管庫の魔法陣崩しを成功させた事です。もっと言えばバジーリさんが貴方の杖の花による監視を逃れた事も違和感を覚えます」
「私の実力を高く見て下さり、ありがとうございます。ですが、私も万能ではございません。彼に僅かな隙を与えてしまったのは事実です」
本当か?
俺がやらかそうとしてた時は、すぐ駆け付けただろうに。
こればっかりは、本人がそうだと断固否定し続ければ平行線の話題だ。
俺はもう一つの疑問をぶつける。
「もう一つは、俺の手紙を学園で保管していた事です。貴方が仰る通り、アレは重要なものには違いありませんが、保管場所を移す機会はあった筈です。手続きに時間を要すると言っても、その時間も十分あったのでは」
「……残念ながら、それは難しいものでした。ジョサイア先生の実績は冒険者としての認識が高く、薬学の実績が不十分でした。何より、アレを他に公表する事自体、躊躇するものです。隙あらば悪用される可能性を消すには学園での保管しかありません」
「ですから、何故処分なさらなかったのですか」
「…………」
そんくらい俺にも分かる。
だから手っ取り早く処分が一番の手段だろう。
「正直に。俺としては、改めてアレの調合を教えて欲しいと手紙で寄越して来た時、エカチェリーナ学園長がアレを悪用するのではないかと思いましたよ。念の為、対抗手段を模索した程です」
沈黙を保っていたエカチェリーナは、シャンパングラスをテーブルに置いて口を開いた。
「アレがなければ……E王国の重鎮の方々はジョサイアさんをお認めにならない。そう思ったからです」
……やはり裏では俺を合法的にE王国へ送り込もうとした訳か。
ランディーの目論見と偶然重なったんだろう。
深刻な表情で奴が告白する。
「現在、E王国の内情は危機的です。長年の成果により、エルフの人口は急増しましたが、教育に大幅な遅れが生じてしまいました。そう……肝心の、エルフにとって要である知識――『魔法陣』の教育が」
ランディーの件で不穏な感じがあったが。
ああ、なるほど。
若い比率に追いつかなくなって、肝心の教育が手詰まりになって、いや……
「教育だけでしょうか? それでは他の分野にも支障が生じているのでは」
「無論、他も問題が生じました。我々は国内の生活問題を優先させ、若者の教育を後回しにしたのです。そのツケが回って来た……と指摘されれば、その通りなのですが。深刻なのは『魔法陣』の教育です。若者層は人間同様、魔法陣なしの簡易魔法に慣れてしまい。魔法陣の重要性を理解できない……そこでジョサイアさん。E王国滞在期間中で構いませんので、お力を貸して頂けませんか」
「構いません」
俺が即答したのにエカチェリーナは少し目を見開いたが、更に一言付け加える。
「僅かな期間とは言え自分を確保できたのは幸いでしたね。臨時講師を終えたらI連合本土から出ようと思ったいたので」
「それは……何故?」
「何故って、無断治療とか色々禁止される事になるじゃないですか」
『キュア』で判明したあの法案。
I連合にもう少し移住しようかと思った矢先にあれだ。
最初は法案に準じようと考えたが――以前、P国の連中が関わって来た時に、そういや、あの辺りは無法地帯だから、好き勝手しても問題ないよな?
別にI連合に居座る必要も、何なら、俺の趣味は冒険者である事を拘らなくてもいいんじゃ?
と気づいてしまった。
エカチェリーナは「一体誰のせいで、法案が提出されたのでしょうね」とぼやいていたが、知ったこっちゃない。
あんなくだらない法案成立に金かけてる方が馬鹿だろ。
最後に俺は一言。
自惚れではないが釘刺す意味で告げた。
「あとですね。俺は子供を作らない方がいい身なので、ご了承ください」
妙に憐憫の視線でエカチェリーナは「どうしてです?」と尋ねたが、そんなの簡単な事だ。
「親が糞なので。親と言っても実の両親を示してませんが」
実際、どうなんだろうか。
結婚や子供など想像すらしてないが、あの糞神の孫にあたるのだから子供へ影響は確実にあるだろう。
生まれない方が幸せに違いない。
さて……あっちにやりがいのある連中は何人いるんだろうな。




