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薄暮れミッドナイト

作者: 涼村怜

月と運動場の人工のライトの光が照らしている、少し埃くさい密室の中。

俺、篠川夏也は彼女を抱きしめていた。



あの日、図書室で話して以来、俺と静香ちゃんは話すようになった。

今まで俺は静香ちゃんにとって、そういえばそんなクラスメイトいたなぁ

くらいにしか思われていなかったことだろう。

もっとも俺は一年のときから彼女のことを知っていたけど。


でも、今じゃ静香ちゃんのほうからあいさつとか話しかけてくれるようになったのだ。

それが純粋に嬉しい。


そんなことを考えながら今日も部活帰りに図書室によると、やっぱりいた。

静香ちゃんが。


「しーずかちゃん」

「あ、篠川くん」


いつものように本を整理していた手を止めて、彼女は俺に振り返った。

ゆっくりと微笑まれた顔を見ると、俺も自然のうちに頬が緩む。


「ハイこれ。借りてた本」


そう言って本を返すと、静香ちゃんは本に挟まれている貸し出しカードにチェックを入れた。


図書室を利用するのなんてごく一部の人間だけ。

本=堅苦しい、と考える人が多いからだと思う。

でも、図書室の本には本を読むのが苦手な人でも楽しく読めるのだってある。

それにわざわざ本を買わなくてもいいわけだし。

そこまで考えてから、こんなことなら図書委員に入っておいたらよかったんじゃ、

という考えが頭をよぎる。


そうしておけばもっと早くに静香ちゃんと仲良く慣れたかもしれないのに。

ちろりと彼女の横顔を見て、心の中でため息をついた。


「あっそだ静香ちゃん。学園誌って図書室に置いてない?」


この学校には新聞部というものがない。

代わりに文芸部というのがあって、主な活動は学園誌の発行。

学園誌には学園内で起きたニュースや、部活動や先生などに対しての取材、

写真部、美術部、生徒から投稿された写真やイラスト、詩、俳句などを載せている。


そして文芸部の部員が書いた連載小説が載せられている。

何気に面白いから生徒の中でも人気で、俺ももちろんその一人。

だけど毎回見逃がさずに見てたはずだったのに、五月号の学園誌だけ見逃してしまい、

友達に聞いても捨ててしまった人が多くて見れてないのだ。


「ってわけでさー・・・どう?ありそう?」


静香ちゃんは少し渋い顔をした。

普通の本は図書室のパソコンで検索すればいいんだけど、

古い本や学園誌になると話は別でパソコンには登録されて無いらしい。


「ない、なぁ」


「そっか・・・手間取らせてごめんね」


しょうがない、と諦めて他の本を読もうとしたとき。

静香ちゃんが急に俺の腕を掴んだ。


「うおっ。どしたの急に」


「あ・・・ここにはないけど、多分、あそこならあると思う」


静香ちゃんの視線に合わせて、俺も視線を動かす。

そこには、図書室奥の倉庫だった。



「げほっ煙たい、っていうか埃くさいなー」


ここには色んな本が仕舞われていて、学園誌もここになら置いてあるだろう。

ただ、締め切った窓のせいでじめじめして暗かった。


「ここ、あんまり掃除しないらしいから。あ、カーテンと窓だけでも開けるね」


カチャ、と鍵が外されたかと思うと、新鮮な空気がなだれ込んできた。

秋の夜は早い。

外を見ると日が沈みかけていて、月がでていた。

それに野球部や陸上部などの練習のためのライトも、もうついていた。


「下校時間までまだだけど、もう薄暗いね、静香ちゃん。早く探して、早く帰ろっか」


静香ちゃんも頷いて、学園誌の大捜索が始まった。

しばらくの間、ずっと探していたけど、中々見つからない。

もう無いのかな、と諦めかけたときだ。


「あ、あった。これじゃないかな」


と、静香ちゃんが棚の上に手を伸ばしたときだ。

よく、こういうのってドラマとかでも見たことがある。


――本が、バランスを崩して、静香ちゃんに落ちてきた。


あぁいうのって避けれないのかな、と思ったりしてたけど

実際、本が落ちてくるのって思った以上に速い。

でも、部活で鍛えたおかげで、俺の反応速度も速かった。


ドサドサと本が落ちてくる。

学園誌は普通の本と比べて、ページ数が少なく軽いけど。

それでも、束で落ちてくると地味に痛い。


「し、のかわくん」


俺は静香ちゃんの右手を引き寄せて、抱きしめていた。

そうしなきゃ、静香ちゃんに、本が直撃してしまっていたから。


そんな言い訳がましい言葉を言うか言うまいか悩んでいると、

彼女は、俺が握ったままだった右手だけやんわりと俺の左手から外すと、ゆっくり腕を伸ばしてきた。


彼女の腕が伸びた先は俺の頭上。

わずかに頭の上で髪の毛に触れる感触がしたかと思えばゆっくり腕が離れていった。


降りてきた手の指の間には、小さな埃がはさまれていた。

どういう意味かわからず、何度かまばたきしていると、彼女は


「ほこり、ついてた、よ」


とそれだけ言った。

本当にそれだけだった。


色々聞きたいことはあった。

男の俺と、密室とも言うべき狭い場所で二人きりで、抱きしめられてるのに


何も、思わないのか、とか。


俺は、正直、すごくすごく意識してしまったのに。


俺と彼女が出会ったときのこと。

とても小さくて、静香ちゃんにとっては記憶の片隅にしかない出来事だっただろう。

担任に言われて運んでいたノートをつい落とした俺を、彼女は拾って手伝ってくれた。

時間にするとわずか数分だったけど。

俺にとっては、今でも鮮明に思い出せる、大きな出来事だ。


俺は、そのときから、彼女と仲良くなりたいとか友達になりたいとか考えていた。

でも、違うんだ。

いま、分かった。

ようやく分かった答え。


これは、恋だったんだ。

気付くのに二年もかかってしまったなんて。


「篠、川くん。かばってくれて、ありがとう。さ、見つかったし、帰ろう」


俺の体を押して、静香ちゃんは落ちた学園誌をあさり、

見つけ出した五月号を俺に押し付けるように渡すと、顔を背けるように後ろを向いた。


「静香ちゃん」


名前を呼ぶと、静香ちゃんが振り返る。

その顔は真っ赤に染まっていた。


俺は彼女をさっきより強く抱きしめた。

彼女の身体がびくりと揺れる。

でも、俺は構わず、抱きしめる。


彼女の鼓動が早くなってく。

でも、それはお互い様だ。

抱きしめている俺もだから。


『好き』


そう言ったのはどっちだったのか。

分からなかったけど、わからなくていい。


月とグランドのライトに照らされた彼女の髪をゆっくり撫でると、

ほんわりと熱をもつ静香ちゃんの手が、背中に触れた。

蛇足的だったかもしれません。

続編を期待してくださったみなさま、ありがとうございました。

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